イタリア旅行に行ってきました(3日目)

一晩ベッドでぐっすり眠って、翌朝、近所のバールで朝ご飯を食べました。

結構品ぞろえが豊富で、ミートパイやアランチーニ(ライスコロッケ)まであってびっくり。私はクロワッサンと、ラッテ・マッキャート(泡立てたミルクに少量のエスプレッソを入れた飲み物。意味は「汚れたミルク」。おい!)をオーダーしました(↑)。「カフェラテ」をオーダーしてもこのラッテ・マッキャートが出てくるので、エスプレッソ、カプチーノ、ラッテ・マッキャートがバールで飲める代表的な飲み物と言えそうです。

あ、カフェ・アメリカーノはエスプレッソをお湯で薄めただけなので、あまりおいしくない! おススメしません!💦

ミラノ2日目はびっくりするぐらいの晴天で、私はMさんに車で近郊の町に連れて行ってもらいました。車窓からアルプスが見える!(↓)残りの4人は、ミラノが初めての方もいたのでサンタンブロージョ教会→ドゥオーモ→ガレリア→スカラ座コンサートのコースでした。

私は「行ったことのない場所に行きたい!」と希望したので、ヴィジェーヴァノ(Vigevano)という、人口6万人ほどの美しい町へ。駐車場のそばの民家がこれ(↓)ですから、豊かな地区であることがわかります。壁の装飾もバルコニーも美しい💛

今回、弟からYouTuber御用達のカメラを借りていたので、NHKの「世界ふれあい街歩き」みたいな感じで撮影してみました。よろしければどうぞ。

ミラノ同様、ヴィスコンティ家からスフォルツァ家へと支配者が変わったこの町の中心には、両家が手を加えたスフォルツェスコ城(↓)があります。今回初めて知ったのですが、レオナルド・ダ・ヴィンチの初期のパトロン、ルドヴィーコ・イル・モーロはこの町の生まれだそうです。傭兵隊長から成り上がった父、フランチェスコ・スフォルツァと並んで、結構私が好きな人物💛(↓この次の週に開催される時代行列のお祭りの告知幕には、フランチェスコと妻のビアンカ・マリア・ヴィスコンティの肖像画使われていました)

さまざまな改修を経て、乗馬学校を併設した軍の施設となったこの城には、時代の異なる厩舎が合計3つもあります(↓)。これは馬の水飲み場(↓)動画の最後に出てきた回廊は、「ルドヴィーコ・イル・モーロの厩舎」と呼ばれているそうです。

このお城の中庭から階段を降りると、華やかで美しいデュカーレ広場が広がっています。こちらも動画でどうぞ。

続いて、広場の突き当りに建つ大聖堂に入ります。人口6万の町にこの豪壮な教会! 1532年に着工され、その後1680年くらいまで手を加えていたそうです。動画撮影禁止の教会も多い中でこちらはOKでした。じっくりご覧ください。

動画の最後に登場したのは、キリストの磔刑後の哀しみを表した等身大の像で、今回、いくつかの都市で目にしました。

キリスト生誕を人形で表す「プレゼーピオ」はよく目にした(クリスマスシーズンだけ展示するところも多いですが)のですが、こういう「涅槃像」みたいな立体作品もあるんですね。イタリア北部に多いのかな?

ここまで回ったところでランチタイムになったので、教会の裏にあるこちら(↓)のトラットリアに入りました。定食形式で、プリモピアットとセコンドピアットを選ぶスタイル。アンティパスト(↓)が彩り豊かでとてもおいしかったです。真ん中にあるのはフレッシュチーズ。その向こうの肉団子もおいしかった! プリモピアットはポルチーニのリゾット(↓)。出てきたときは量の多さに怯えましたが(笑)、スプーンを入れたらすぐに底に着いたので安心。セコンドピアットはこの旅行で最大の失敗をしちゃいました。Mさんは鶏肉のローストにトマトソースだったのですが(↓)私は肉が苦手なので、チーズとアーティーチョークに。ところが、出てきたのがこいつでした(↓)。

まんまかよ!!

さすがフルッタ・ディ・スタジオーネの国!!(詳しくはこちら

さすがに全部は食べられなくて、チーズを1つナプキンに包んで持ち帰りました。これってベジタリアン用の微妙に嫌がらせが入ったメニューだったのかしらん???

食後の腹ごなしにお城の外を見て回ると、イタリア産のお米の見本市が行われていました(↓)。イタリアのノヴァーラ地区は米どころで、近年は日本米も作られているそうです。椎茸推しのブースとかもあって、面白かったです。お米がきれいな包装で展示されていたり、ワイングラスに入れられていたりする(↓)のも新鮮でした。ヴィジェーヴァノを後にして、やはりミラノ近郊にあるモリモンド修道院へ。狭くて舗装もいまいちな道路をたどっていったので、「かなり辺境の地なのか?」と思ったら、修道院を中心に一大観光地化していました。おっと~💦清貧主義をモットーとするシトー派の修道院なので、ヴィジェーヴァノの大聖堂とは対照的に、内部は非常に質素です(↓)。12世紀創建。後に法王レオ10世となるジョヴァンニ・デ・メディチが修道院長を務めるなど、一時は確固たる地位を築きましたが、フランス革命時に修道院が廃止されてしまいます。再開されたのは20世紀に入ってからで、今世紀に入ってようやく環境が整ったそうです。こちらにはキリスト生誕の際のベツレヘムを表したプレゼーピオが置かれていました(↓)。手前にあるのはフィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂にある天国の扉っぽいですが、新約聖書のイエス・キリストの生涯を描いているようです(天国の扉は旧約聖書の物語を描いています)。修道院の中を見るツアーに参加が可能だったのですが、1時間半かかると聞いて退散。そこまで興味はないかな~💦。

その後、ミラノに戻ってMさんのお宅にお邪魔しました。

彼女がミラノに家を買ってリフォームし、さまざまな家具やリネン類をそろえていく過程をブログで読んでいたので、ついにその実物を見ることができて感動でした。この家の前に住んでいた賃貸物件には何度か泊まらせていただいたのですが。

ブログで読んで知っていたこだわりの照明器具(↓)。日本の家だとそうそう使えないデザインですね~

シエナで一緒に学んでいたころの思い出話や、その後のお互いの暮らしなど、彼女の手作りのおいしいお料理(↓)をいただきながら語りまくりました。メインは鮭のカルトッチョ(↓)。おいしかったです。最後に食後酒のグラッパまでごちそうしていただきました。

今回の旅行では、到着時も出発時も本当にお世話になってしまって、感謝感謝でした。

Mさんのおかげで事前情報もいろいろもらえたし、相談もできたし、御恩はいつか返すからね~!!

彼女とはいろいろな縁があって、極めつけは私が2021年末に膝の手術で入院した時、彼女も交通事故でミラノの病院に入院していたこと!(二人とも整形外科病棟に入っていた)

LINEの国際電話で励ましあったり愚痴りあったり、リハビリの状況を報告したり、コロナについて嘆いたり、病院食の写真を送りあったり、精神面の大きな支えになってくれました。その時に、イタリアが整形外科分野では世界トップクラスで、日本の整形外科医は勉強のため留学しているということも知ったのでした。人生、いろんな場面で勉強できますね。

ということで、大変長くなりましたが、3日目のレポ終了です!

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