Who are you? その後 ( 3 / 4 )
「譲くん!」
屋上の出入り口近くのフェンス際に譲の姿を見つけて、望美が走り出す。
「転ぶといけないから走らないでください」
気遣って譲が声をかける。彼女が走ることを想定して今日は入り口近くにいたのに、これで転ばれては元も子もない。
だが望美は、そんなことを気にする様子もなく、子犬のように譲の元へと駆けてきてその胸に飛び込んだ。
「大丈夫だよぅ、だって一分でも一秒でも早く譲くんの側に来たかったんだもん」
胸の中の望美にまっすぐ見上げられてそんなことを言われると、一気に血圧が上がる。本当に心臓に悪い、と譲は小さく息を吐いた。
譲は彼女の手を引いて、ベンチのひとつに腰掛けた。
「頭痛は大丈夫ですか? 変な感じとか、しませんか?」
「心配かけてごめんね、でも全然大丈夫だよっ❤」
手を口に当て小首を傾げて笑っているが、だからこそ今朝と状態が変わっていないのは一目瞭然だった。
また譲はため息をつく。
「あなたは……時々ひとりで突っ走って無茶をするから心配なんですよ。俺の前では無理なんかしないでください」
「無理なんかしてないよぅ。本当だよ?」
少しムキになって言う彼女が、とても可愛い。口調はやや違うものの、こういう所はやはり望美だなと思うと、譲の表情もほころぶ。
「だったらいいんです。でも、何か変だなと思ったら、遠慮なく言ってくださいね」
こくこく頷く彼女に、譲は弁当の包みを渡す。
「え? これ?」
「昨日、俺の弁当をすごく喜んでくれたから……実は今日はあなたの分も作ってきていたんです」
望美の目は渡された弁当に釘付けになる。
「……うれしいなぁ……やっぱりおいしそう……」
今日は望美に作ってきてくれたと言うのはウソではないのだろう。弁当を包んでいるナフキンも、弁当箱もさくらの柄の可愛いものだった。
「弁当箱なんかは、母さんに借りたんです」
そして中身も昨日と違ってご飯の上は鳥そぼろやいり卵にデンプで彩られている。おかずも昨日より格段に品数が多くて、しかも凝っている。彼の手腕がいかんなく発揮されたものだった。
「こんな弁当でよければ、好きなだけどうぞ」
「こんな弁当なんかじゃないよ、これだけつくるの大変だったんじゃない? もっと簡単でよかったのに」
「いえ、手間を少しかけることで喜んでもらえるなら、こんなうれしいことはないです」
そう言われた望美は、今日初めて頬を染める。やっと譲の一勝と言うところか。
「ね、譲くんも一緒に食べよ。こんなにおいしそうなんだもの」
望美がそう言うと、譲がもう一つ包みを出してきた。
「それはあなたの分ですから、どうぞ食べてください。俺は自分のを持ってますから」
そして譲は、自分の弁当箱を開ける。
「え? 譲くんのはそれだけなの?」
譲の弁当箱を覗きこんで、望美はそう言う。
自分用だからだろう、それは昨日と同じく白いご飯にいくつかのおかずが添えられただけの簡素な弁当だったのだ。
「はい、俺のはいいんです」
昨日望美が喜んでくれたから、今日彼女の分の弁当を作ることは決めていた。けれど、それはあくまで弁当を彼女に渡して、それぞれの教室で食べることを考えていた。だから、クラスメイトに見られてもいいように、譲は自分の分の弁当はいつも通りの詰め方をしたのだ。
だが、どうやら望美はご不満なようだ。自分の弁当と譲の弁当を何度も見比べる。それから納得したように、頷いた。
「じゃあ、半分ずつ食べようね」
「え? それは、あなたの分ですから……」
「駄目だよ!」
色鮮やかな野菜の肉巻きをひとつつまんで譲に差し出す。
「食べてね、譲くん。はい、あ~ん❤」
そう言われてもどうしていいかわからなくて譲が固まっていると、望美が小さく口を尖らせる。
「どうして今日は食べてくれないの?」
「え?」
「もしかして、やっぱり望美が強引だから、昨日も仕方なく食べてくれてただけなの? ホントは、嫌だった?」
だったら、望美泣いちゃう……などと拗ねてみせられ、譲は慌てる。
「た、食べます、食べます! 嫌なんかじゃないです!」
その言葉に、望美がにっこり笑ってもう一度肉巻きをあ~んと差し出す。
譲は観念して、パクリとそれを口にした。
「ふふふ、美味しい? って譲くんが作ってきたのに、私が言うのも変だけど」
望美は嬉しそうにそう言うが、当の譲は味などわからない。
しかもその後、更なる試練が待っていた。
じっと譲が食べ終わるのを待っていた望美は、今度はあ~んと口を開けたのだ。
譲は、ぽかんとそれを見る。
と、望美がまた、拗ねたように口を尖らせた。
「今度は譲くんの番だよぅ? 早く食べさせて❤」
「えぇぇええええぇ!?」
「何、驚いてるの? 順番でしょ?」
と、至極当たり前のことのように言われて、譲は頭を抱える。
そして、昨日の余裕綽々な自分を思い切り懐かしく思うのであった。
しかし、望美がそう簡単に引いてくれる訳はなく……。
「私、玉子焼きがいいなぁ❤」
などとリクエストまでつけて来られた。
譲は仕方なく、玉子焼きをひとつ摘まむと、望美に差し出した。
望美はそれを何のためらいもなく、ぱくっと食べる。
一方譲は、自分の箸を望美が咥えていると思うだけで、ドキドキとして顔が火照ってくるのだ。
「ごちそうさま」
「は、は、はいぃ……」
返事する声まで、裏返る。
(これじゃまるで新婚みたいじゃないか……)
さらに顔が赤くなる譲の横で、望美は実に楽しそうにしていた。
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