<前のページ  
 

Who are you? その後 ( 4 / 4 )

 


「今日も部活なんだよね」

屋上からの階段を下りながら、望美が尋ねる。

「そうなんです。すいません、帰りはいつも送れなくて……」

「ううん、いいよ。 昨日も言ったでしょ、譲くんの弓は私をいつも守ってくれたじゃない。だから、私にとっても大切なものだよ。練習頑張ってね」

そして、じっと譲を見る。

「だけど……」

「だけど?」

「弓はいいけど、浮気なんかしちゃ嫌だよ?」

「う、う、う、浮気って!?」

「信じてるよ、譲くんのこと……でもね、やっぱり譲くんが他の女の子と仲良くしてると、淋しいの。それが、ただの部活の仲間だとわかってても……」

「……っ!」

「譲くんは……こんな我儘な私じゃ、いや?」

上目遣いに見上げられて……

譲の中の何かがプツンと切れた。

「俺には先輩だけですからっ!!」

思わずそう叫ぶ。

と、望美がわずかに眉間に皺を寄せた。

「……い……? ……」

「え?」

いきなり、こめかみに手を当ててしゃがみこむ。

ひどい頭痛がするようで、顔色が真っ青だった。

「先輩!?」

「……る……く」

苦しい息の下で、望美がつぶやいている。

「先輩! 大丈夫ですか、先輩ぃぃぃ!」

そのまま床にくずれおちかけた望美を、譲は必死で抱き上げた。



* * *



「……先輩」

遠くで、優しい声が聞こえる。

片手の温かさに、それが握られているのだと気づく。

頑張って、意識を暗闇から引き戻す。

徐々に周囲が明るくなり、瞼がようやく開いた。

「先輩!」

心配そうな顔で自分を覗き込む譲の姿が視界に飛び込んでくる。

「……ゆ…ずる……くん?」

ギュッと手が握られる。

「まだ頭は痛いですか?  気持ち悪いとか……どこか辛いところとかないですか?」

「……私……?」

「昼休みに階段で倒れたんですよ。ここは保健室です」

見回せば確かに校内の保健室で、望美はカーテンで仕切られた奥のベッドに寝かされていた。

譲がひとり、横に付き添っている。

ぼんやりと焦点の合わない目をしていた望美が、急に赤面する。

「先輩?」

「ゆ、譲くん! 私っ……!!」

望美は見る見る赤くなっていく。

そして、ガバッと上掛けを引っ張ると、その中に潜り込んでしまった。

「せ、先輩……どうしたんですか?」

驚いた譲は、掛け布団にそっと手を乗せる。

と、中で望美が、ごそっと動いた。

譲はもう一度、優しく声をかける。

「先輩、大丈夫ですから、出て来て下さい」

譲は昨日の経験から、わかった。あの頭痛後は自分の変化には全く気付かないのだが、正気に戻った時にもちゃんとその記憶はあるのだ。そして、それはもう、言葉では言い表せないほど、恥ずかしかった。

きっと彼女も、今日の自分の行動を思い起こして、恥じ入っているに違いない。

「先輩……俺は、先輩さえ無事なら、それでいいんですよ」

ぽんぽんと、優しく布団を叩くと、望美がゆっくりと顔を半分覗かせた。

「ご、ごめんねっ! 何だか私、譲くんにいっぱい無理言ったみたいで……」

望美は耳まで赤くして、しどろもどろで話し始めた。

「私ね、今朝すっごく頭が痛かったんだけど……その後……そのね……」

「いろいろ、コントロールが利かなくなってたんでしょう?」

「う、うん……」

譲は、大丈夫ですよとにっこり笑った。

「昨日の俺も、そんな感じでしたから……」

「ご、ごめんね……いろいろ譲くんを困らせるようなことして……」

「大丈夫ですよ。ああいう先輩も、とってもかわいかったですよ」

 望美はかーーーっと顔を赤くする。

「もうっ、恥ずかしすぎるよ!」

望美はもう一度、布団の中に潜り込む。

「先輩?」

声をかけても、返事はない。

譲は、ひとつため息をついた。

「ね、先輩。先輩は先輩ですよ。……俺、今日、確かにみっともないくらいうろたえたりしたけど、でもあなただから……どんな、態度をとられても、あなただから側にいたいんです。……あなたが嫌なら、今日のことは全部忘れますから、どうか顔を見せてくれませんか?」

すると、望美がいきなり布団を跳ねのけ、体を起こした。

「忘れる!?」

「は、はい……あなたが嫌なら……」

「違うよ、譲くん! 私、別になかったことにして欲しいなんて思ってないから! ……確かに今思い出しても……その、恥ずかしいけど……でも、一個もウソはないからね」

「え?」

「私、譲くんのお弁当、本当に大好きだし、もっと譲くんといろいろ話もしたいし、思ってること言って欲しいし、それに……譲くんのもっと近くにいたいし、手もつなぎたい。それから……名前で読んで欲しいの」

「先輩……」

「だから……!」

「あ……っと、その……望美ちゃん……」

「……はい……」

そして二人ともトマトのように真っ赤になった。

望美は肩を竦める。

「名前で読んで欲しいけど、返事するだけで緊張する……」

譲は、ふふふと笑う。

「な、なに? 譲くん」

「いえ、さっき一瞬、まだあなたが正気に戻ってないのかと思って、びっくりしたんですよ」

「もう、大丈夫だよ……」

「そうみたいですね、先輩……」

ふっと望美も笑う。

「やっぱ、その呼ばれ方の方が、落ち着くなぁ」

「そうですね」

そして二人は顔を見合わせ、くすくすと笑う。

「いいよね、私たちらしくて」

「そうですね、ゆっくりと二人の時間を積み重ねて……できることを増やしていきましょう」




その日の帰り道、もう日も暮れかかって、誰もいない駅までの道を、そっと手を繋いで帰る二人の姿があった。


* * *


その後、一瞬性格が変わってしまうという風邪だかウィルスだかわからない原因不明の病気が鎌倉あたりで流行ったとか流行ってないとか。

あちこちで、変な騒動もいくつか起きたというニュースがローカルネットワークで流れたらしい。

本当にそのせいかどうかは分からないが、とりあえず譲と望美の距離が少し縮まったことは確かな事実であった。



                                  ―fin―







 

 
<前のページ
psbtn