Who are you? その後 ( 2 / 4 )
「あ、あの、せんぱ……あ……の、のぞみ…ちゃん、今日はそんなに混んでないから、それほどひっつかなくても大丈夫ですよ……」
流石にずっと望美と呼び捨てにし続けるのでは自分の心臓が学校に行くまで持たないと思った譲は、彼女に頼んでせめて「ちゃん付け」をさせてもらう許可を、電車を待つ間にもらった。
その望美だが、電車に乗り込むといつものようにドアを背にして立った。けれどいつもと違うのは、何気に譲の胸に凭れかかるようにしてくることだ。
ある程度の覚悟はしているが、こう積極的に出られると、本当にどうしていいかわからない。
けれど、望美はそんな譲にはお構いなしで、ますます彼との距離を縮める。
「だってぇ、電車が揺れたら、望美、バランス崩しちゃいそうなんだもん」
そうして望美は、譲の空いている方の手をそっと取る。
「ね、昨日みたいにちゃんと支えて❤」
「は?」
「ほらぁ、昨日してくれたみたいに、ちゃんと背中を支えてって言ってるの」
にっこり笑って譲を見上げる望美と、真っ赤になっておろおろする譲。
昨日の真逆である、が、ある意味いつも通りとも言えるのが笑えるが、今の譲にそんなことを悠長に考えている余裕は皆無だ。
かち~んと凍ったように固まっている。
この時、譲は本気で昨日の自分を抹殺したいと思っていた。
「もう、譲くんったらぁ……」
とうとう焦れた望美は彼の手を自分の腰に回させるのを諦め、代わりにその腕を曲げさせて手を繋ぎつつ、ギュッとしがみついた。
当然、制服越しとはいえ、彼女の胸が腕に当たる。
「せ、せ、せ、先輩っ!!」
流石の譲も、こうなっては呼び方を考えている余裕はない。とっさにいつもの呼び方に戻ったことを誰が責められよう。
けれど望美は、敏感に反応する。
「もうっ、譲くんったら、またその呼び方! もしかして、譲くん、ホントは望美のこと、ただの先輩としか思ってないの? 望美がしつこくするから、仕方なく付き合ってくれてるの?」
「まさか!! そんなことありません! 俺はあなたのことを大切に思ってますから!」
泣きそうな声で望美にそう言われ、譲は速攻否定する。
言ってから彼女を見下ろすと、口元に手を当ててくすくすと笑う望美と視線が合った。
自分を見上げるその瞳は、まさに小悪魔。
「よかったぁ」
ふっと息を吐いて、そう言う望美。そしてその後、彼女はとんでもない行動に出た。
自分が握りしめている譲の手の甲に、そっと唇を寄せたのだ。
「ちゃんと言ってくれたから、ご褒美だよっ❤」
たぶん他の誰にも聞こえてなかっただろうが、譲にはしっかりとちゅっと言う音が聞こえた。
もうそこで、彼の限界、失神寸前であった。
それ以降は望美が何を話していても「はあ」とか「まあ」とか生返事ばかりで、ひたすら電車が駅に着くのを待つ譲だった。
駅に降り立った譲は、よくぞ堪えた! と心の中で自分を褒める。だが、当然もう気力の限界でフラフラだった。
気を遣った望美が、彼を支えてベンチに座らせる。
「大丈夫? ここで少し休んでいく?」
「い、いえ、大丈夫です……が、あの……」
「なぁに?」
望美が譲を覗きこむようにベンチの前に立つので、目と目が正面から合う。
「あ、あの……」
こんなに近くで見つめられては、言葉につまっても仕方ないというものだろう。
譲は大きく息を吐いて、自分を落ちつける。
「……今日の昼、屋上で待ってますから……具合が心配なので、顔を見せてください」
「へ?」
フラフラになっている自分が、心配して付き添ってくれている望美にこれを言うのは逆な気がするが、しかし気になるものはしょうがない。
「今朝……頭痛がしたのでしょう?」
「うん」
「なので……」
と、付け足すと、「わかったよ」と望美が更に顔を近づけて、にっこり笑った。
直後、譲はいきなり立ち上がる。
望美はびっくりして、彼を見上げる。
「譲くん、大丈夫なの?」
心配そうにしている望美に、譲は思い切り大きく頷いて見せた。
「大丈夫です! それにこれ以上ゆっくりしていて、遅刻でもしたら大変ですから」
「じゃあ、少しゆっくりめに歩きながらいこっか」
実のところは、これ以上望美の顔を真正面近くで見ていられなくなっただけなのだが、彼女は何の疑問も持たなかったようだ。
しかし、その後がまた、試練だった。
譲の具合を心配する望美は、彼の腕をしっかりと掴んだまま高校まで歩くと言ってきかなかった。
その距離は短いものの、通学時間の半端なく多い生徒の中を行くのはかなり憚られた。皆に後で冷やかされるのではないかと譲は気が気ではないが、望美は一向にお構いなしだ。
「ね、譲くん、お昼誘ってくれて、ありがと❤」
「あ、いえ……先輩が迷惑でなければいいのですが……」
「迷惑だなんて、ありえないよぅ」
そう言って腕を掴む手に、きゅっと力を込める。
「嬉しかったよ、望美。だって今日の譲くんは、手もなかなか繋いでくれないし、ペットボトルのお水だって昨日は飲ませてくれたのに今日はダメだっていうし……」
「けれど、せん……いえ、望美ちゃん、自分の水、今日は持ってきているんでしょう?」
「でもでもでもぅ、望美、譲くんのが良かったんだもんっ!」
それってどういう意味かわかってますか!? と思わず問い詰めたくなるのを、譲は堪える。
「でもね、ちゃんと最後に昨日みたいにお昼を誘ってくれて、安心した」
「安心、ですか?」
そう問うと、望美は大きく頷いた。
「やっぱり譲くんは譲くんだなって。だって今日の譲くん、昨日に比べておかしかったんだったんだもん」
おかしいのはあなたです!
この台詞を言ってしまえたら、どれ程楽だっただろう。
しかし、そんなことができるはずもなく……。
そして譲は、昼休みまでの四時間、ほとんど授業に手もつかない状態で過ごしたのであった。
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