魔法のベルが鳴るとき ~ヒノエ・譲編~ ( 2 / 4 )
食後の片付けが終わると、ヒノエの姿の譲が譲の姿のヒノエに言った。
「ところで、なんで制服着てるんだよ、ヒノエ」
「お前は休みの日でも『がっこう』に行くんだろう?」
「行くつもりだったのかよ! 部活も今日は休みだ! お前は家から出るな!!」
「冗談、こんな面白い状況、滅多にないってのに」
「冗談じゃない! お前はいいだろうが、俺は知り合いだらけなんだぞ! いつもの調子で動かれたら困る!」
「みんな驚くだろーね。特に、女の子たち」
のんきに言う望美に、ヒノエの姿の譲が肩を落とした。
「でも、ヒノエくん。譲くんが困るから、学校に行くのは止めてね」
「仕方ないな。じゃぁ、望美が付き合ってくれるかい?」
「いいよ、どこかに遊びに行く?」
「っ、俺も行きます!」
慌てて言うヒノエの姿の譲に、ん、と望美が笑顔で答えた。
不満そうなヒノエだったが、望美にいいでしょ、と聞かれて仕方なく頷いた。
「本当にヒノエ殿は女性にだけ優しいのね」
朔も行く?と誘われて、止めておくわと苦笑し、しみじみと言う。
「譲だって、誰かさん以外には手厳しいぜ」
「君だけに、でしょう」
「いや、俺にもきっつい」
譲の姿のヒノエが不服そうに言うと、弁慶がすかさず突っ込み、将臣が続ける。
「兄さんが動かないからだろ!」
すかさず斬りかかるように言葉を投げる、ヒノエの姿の譲。
「……兄さん、ですか」
「弁慶さん?」
「いえ、ヒノエの声でそんな言葉を……聞きたかったと思いまして」
兄弟のようなものなのに、と寂しそうに呟いたりするものだから。
「…………弁慶兄さん…?」
少しだけためらった後、そっと窺うように見上げて戸惑いながら、小さくそう言う。
「…………………………………………」
小動物がちょこちょことやってきて見上げるようなその仕草に、弁慶は笑顔を張り付けたまま無言で悶えていた。
「気色悪いことやってんじゃねぇ!」
譲の姿のヒノエがクッションを投げつける。
それを受け止めたヒノエの姿の譲が、説教するように言った。
「お前も少しは弁慶さんに畏敬を持って丁寧に接しろよ」
「じゃぁ、お前は将臣にそうできるのか」
「兄さんと弁慶さんとじゃ性格が違いすぎるだろ」
「弁慶に言うくらいなら、将臣の方がマシだろうが!」
「だったら、言ってみろよ」
会話を聞いていた将臣が、面白そうに言う。譲の姿のヒノエは将臣を見て、言おうとして。
たっぷり3分固まった後、ヒノエの姿の譲に向き直った。
「悪い」
「いや、分かってくれればいい」
「どういう意味だ」
むっとして言う将臣の横で、望美が爆笑した。
「じゃぁじゃぁ、ヒノエくん。私は?」
お姉ちゃんって呼んで甘えて欲しいなーと望美がねだる。
「姫君の願いなら叶えたいけれど、難しいな」
「そんなに頼りない?」
「望美は可愛らしいからね。甘えるよりも、口説きたくなる」
もう、と赤くなる望美の横で、朔が呆れる。
「本当に、困った人ね」
「んー、でも裏表はないんだよね」
ヒノエくんも、譲くんも、と望美が呟く。
「え?」
身内に厳しい譲はまだしも、ヒノエはここまではっきり男女差があるのに? と、朔のみならず敦盛たちも望美を見た。
「だって、私たちの前でも、態度が変わらないでしょう?
いい加減な人とか、本当に嫌な人だったら、私たちの前でだけは、男の人にも優しくして見せると思うんだよね。
ヒノエくんも譲くんも、誰に優しくするか、厳しくするかははっきりしてるけど、誰の前でもその区分けは変わらないから」
だから信頼できるのだと、望美が柔らかく笑った。
「先輩…」
「望美…」
優しいその笑顔に見惚れていると、望美が火種を投げ込んだ。
「それに、態度はどうでも、ちゃんと大切にしてるもの。二人とも、嫌な人間は初めから相手にしないトコあるから」
「ああ、それはそうね」
朔まで同意して、微妙な空気が流れる。
「そうですか、ヒノエ、そんなに僕を大切にしてくれていましたか」
「それが気色悪いっつってんだよ、おっさん!」
「譲はそういうトコあるよな。文句を言いつつ、好きなモン作ってくれたり。可愛いよな」
「おかしな言い方するな!!」
弁慶に弄られる譲に、将臣に弄られるヒノエという、なんとも奇妙な光景が広がる。
「こうしてみるとよく似てるのね、あの二人」
しみじみと呟く朔に、そうでしょ、と笑う望美。
「なぁ、白龍。これってやっぱり『フミァータの祝福』なのか?」
言い合ってぐったりしながら、ヒノエの姿の譲が問いかけた。
「そう。昨日、皆の言祝ぎに紛れて祝福の鈴を鳴らした」
「紛れるなよ」
ボソリと突っ込みを入れる譲の姿のヒノエ。
「よく名前まで覚えてたよな」
「忘れられるわけないだろ。あんな目にあったのに」
将臣が感心したように言うと、ヒノエの姿の譲が深い溜め息を零しながらそう言った。
「ってことは、今回も数日で終わりか」
「わからない」
ヒノエの姿の譲の呟きに、白龍が首を振る。
「え?」
「昨夜は多くの言祝ぎが成された。それがフミァータの祝福にも影響している。どれくらい強いか、私にもわからない」
「嘘だろ」
「私は嘘は言わない」
思わず漏れたヒノエの呟きに、白龍がきっぱりと言う。
二人で顔を見合わせて、溜め息を吐いた。
「まぁ、なったものは仕方ない。戻るまで楽しもうぜ」
「なんか、機嫌いいよな、ヒノエ」
巻き添えを食らったのだから、怒るかと思ったのに。
「滅多にない経験だからね。普段と違う視点というのは、面白いよ」
相変わらずポジティブなやつと、譲が苦笑する。
「じゃぁ、神子姫様。でーとをしよう」
ちゅ、と髪に口付ける譲の姿のヒノエに、ヒノエの姿の譲が牙を向く。
「お前はまず、制服を着替えてこい!」
「はいはい」
ひらひらと手を振りながら部屋を出る譲の姿のヒノエ。
赤い顔を伏せている望美を、ヒノエの姿の譲が複雑な気持ちで見ていると、後ろからくすくすと笑い声がした。
「ヒノエは、背が高くなったのが嬉しいのでしょう」
「え?」
「昔から、僕を追い抜いてやるって言っていましたからね」
だから可愛いって言われると怒るんですよと、弁慶が笑う。
ヒノエは決して小柄ではないのだが、八葉が大きい人間ばかりなので、さらに天敵の弁慶が自分より背が高いので、そうは見えないけれどコンプレックスがあったようだ。
「……可愛い、かも」
そうでしょう、と微笑む弁慶と、それを聞いて笑いだす八葉と神子たち。
戻ってきた譲の姿のヒノエが、笑っている周囲に不思議そうにし、白龍がそんなヒノエに「ヒノエが可愛いから」と言ったものだから、さらに混乱するのだった。
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