魔法のベルが鳴るとき ~ヒノエ・譲編~ ( 1 / 4 )

 



 クリスマスイブにみんなでパーティーをして。

 明日の朝困らない程度に片づけて、床に就く。

 賑やかで厳かな夜。

 遠くで鈴の音が響くのを聞いた。

 ああ、そういえば、白龍が『言祝いだ』ってはしゃいでいたなと、眠りに落ちる意識の片隅で、ぼんやりと考えていた。




 それがどこかで聞いたことのある音だったと気付いたのは、朝になってからだった。






 昨夜は遅くまで有川家で遊んで、そのままお泊りをした望美は、久しぶりにすっきりとした気分で目を覚ますと、キッチンに行く。

 自分にしては早いけれど、この家の主夫はもっと早いから、きっといるだろう。

「おっはよーv」

 キッチンのドアを開けると、予想通りの人物が学生服姿で立っていた。

 こちらを見た譲が、にっこりと笑う。

「おはよう、望美」

 呼び捨てにされ、目を瞬かせる望美の前に立つと、すっと目を細めてこちらを見詰めてきた。

「今日も綺麗だね、神子姫」

「ゆ、譲くん???」

 優雅な仕草で頬に手を添え、甘く見つめてくる。

 フェロモン全開の流し目をくらい、望美が赤くなる。

「ふふ、赤くなった。可愛いね」

 聞いたことのない甘い声。けれど、確かに譲の声で。

「譲くん、ヒノエくんみたいだよっ」

 真っ赤になってそう言うと、譲はにっと、口角を上げて笑った。

「こんなオレは、お気に召さないかい?」

「そ、そうじゃないけど」

 頬に触れていた指が耳の後ろに回り、するりと髪を梳いていく。

 流れるような仕草も、艶やかな表情も、決して似合わないわけではなく。それどころか綺麗過ぎて眩暈がする。

「ああ、本当に、可愛いよ、姫君」

 真っ赤になる望美に、譲がゆっくりと顔を近づける。




「それだけはやめろ~!!」




「ちっ 早かったな」




 蒼白な顔で現れたヒノエが叫ぶのを聞いて、譲が舌打ちをした。

「どういうつもりだよ!! 俺を縛り付けたりして!」

「そりゃ、もちろん、姫君と言葉を交わすのを邪魔させないためさ」

「ふざけるな!」

「もう少し時間を稼げると思ったんだけどな。誰が解いたんだい?」

「自力で抜けた!」

「へぇ、やるジャン」

「というか、体が勝手に動いたぞ。お前、どういう身体してるんだよ」 

「ああ、縄抜けは得意だからな。そのせいか」

 残念、と呟く譲に、ヒノエが青筋を立てる。

「お前はっ!」

「ふふ、戸惑う神子姫も新鮮だったよ」

 言葉だけならヒノエと譲のいつもの言い合い。

 けれど、二人の声が、顔が、行動が、真逆で混乱する。

 茫然と目の前の会話を聞いていた望美が、ふと思い出して、ポン、と手を打った。

「フーミャン!」

 突然叫んだ望美に、二人の視線が集まる。

「……フミァータですよ、先輩」

「わぁ、やっぱりこっちが譲くんなんだぁ」

 肩を落とすヒノエの手をとり、望美がはしゃいだ声を上げた。

 そうするうちに皆が集まってきて、入れ替わっているヒノエと譲を見て爆笑したり、苦笑したり、心配したりした。

「やっぱ、二人でいると一発でバレるな。どうせなら他のヤツらの反応も見(て遊び)たかったのに」

 主に、アイツとか、と譲の姿のヒノエが呟く。

「だから俺を縛り付けたのか」

 はぁ、とヒノエの姿の譲が疲れた溜め息を零した。




 とにかく朝食にしようと、ヒノエの姿の譲がキッチンに立つ。

 昨夜のパーティー料理の残りを器用に作り直していくヒノエの姿というのはなかなか見ものだ。

「ん、と」

 上の棚に置いてある鍋が取ろうと、ヒノエの姿の譲が背伸びをして手を伸ばす。

 重そうな中華鍋に触ろうとしているので、景時が隣に行った。

「あ、取るよ。これでいい?」

「ありがとうございます、景時さん」

 柔らかく微笑んで礼を言うと、景時がほんのりと赤くなった。

「何キモイ反応してんだよ、景時」

 椅子に座っている譲の姿のヒノエが、呆れた声で言う。

 譲の声でそんな言葉を言われたものだから、景時が、う、と呻いた。

「すっごく胸に刺さるよ、その言葉」

「譲が言ったように聞こえるからな」

 おかしそうに将臣が笑う。

「普段言わない子に言われると堪えるよねぇ」

「あー、譲はお前にはきっついこと言わねぇか」

 苦笑し合う兄二人。

「譲、茶」

「自分で入れろ」

 そう言いながらも、急須に茶葉を入れ、湯呑みと共に差し出すヒノエの姿の譲。

「お湯入ってないジャン」

「少しは動けよ」

 叱るように言ってから、火にかけていたケトルをミトンを使って掴み、急須のふたを開けてお湯を注ぐ。

 他の湯呑みも並べ、瞬く間にお茶を注いでいく。

「ほうじ茶か」

「手早く入れられるからね」

 湯気と共に香る匂いに、譲の姿のヒノエが目を細めた。

 きっちり人数分入れて、後は自分でやれとヒノエの姿の譲が言う。

 ここまでやっておいて後も何もないだろうにと、皆が思った。

「ん、やっぱ譲が入れる茶はうまい」

「お前もできるんじゃないのか? この身体でもちゃんと動くんだから」

「さぁね、やったことないからな」

 呆れたように言いながらも、素直な賛辞に照れているヒノエの姿の譲に、に、と笑ってお前に任せたといい、椅子に凭れて胸を逸らしてお茶を飲む譲の姿のヒノエ。

「中身が違うとこれほど雰囲気が変わるのか」

 敦盛が溜め息を吐くと、九郎が頷いた。

「威張り返っている譲というのも、微妙だな」

「かいがいしいヒノエほどではないな」

 リズヴァーンがボソリと呟く。それを聞いて弁慶がいつもの笑顔で言った。

「可愛らしいヒノエなんて、不気味でしかないですからねぇ」

 頷きあう人々を、正しくは弁慶を、譲の姿のヒノエが睨む。

「男が可愛くったって、いいことなんかないだろ」

「そうでもありませんよ。男でも女でも、可愛らしい人というのは和みます」

「おっさんらしい、じじくさい言葉だな」

「人生経験が少なく未熟だからと言って、拗ねなくてもいいのに」

「誰が拗ねた!!」

「先程から拗ねているようにしか見えませんよ」

 弁慶と罵り合う譲(inヒノエ)の図。

 おかしいよりも空恐ろしいが、目に見えない迫力に、誰にも止められずにいたら、白龍が弁慶の袖を引っ張った。

「白龍? どうしました?」

「譲が落ち込んでいるよ」

 おや、と弁慶が料理をしているヒノエの姿の譲を見る。

「どうしました、可愛い人」

「キモイ言い方するんじゃねぇ!」

 システムキッチンの前で、すでに作り終えた料理を茶碗によそっていた譲に、弁慶が笑顔で話し掛ける。

「あ、いえ、その」

 未熟、ですよねと、小さく呟いたヒノエの姿の譲に、弁慶が目を瞬かせた。

 ああ、と弁慶が呟く。

「ふふ、そうかもしれませんね。けれど、君は可愛らしいから、問題ありません。ヒノエよりはるかにデキた人間ですしね」

「可愛いって」

 ヒノエの姿で頬を染める譲に、弁慶が笑みを零す。




 バッ




「危ないですね、ヒノエ。割れたらどうするんですか」

「るっせぇ! オレの体におかしな言動するんじゃねぇ!」

 投げつけられた湯呑みを軽々と手に取り、弁慶が言うと、譲の姿のヒノエが怒鳴った。

「嫌だな、君だったなら、こんなに可愛いわけがないでしょう」

「だから男が」

 同じ言葉を言おうとして、譲の姿のヒノエが、弁慶がかばうようにしている自分の体を見る。

 頭を撫でられ、恥ずかしそうに、けれど少しだけ嬉しそうに、不安と照れを混在させた表情で、ほんのりと頬を赤くして、上目づかいに見ている。

 切れ長の、少し大きな目を伏せて、柳眉を下げて、困ったように、けれど柔らかく微笑んで。形の良い赤い唇が弧を描く。

「………可愛い」

 思わず零れた呟き。

「ヒノエって、ほんっとーにナルシストなんだな」

 拾い上げたヒノエの姿の譲が、呆れきった表情で自分を見た。

「オレが美人なのは事実だからね」

「だからって、自分を見て可愛いなんていうか?」

「中身がお前だから。色気が半減してるケド?」

「やかましい! お前こそ、さっきからトゲだらけじゃないか!」

 中身が譲だからと言う意味は、予想通り拾われず、譲が怒鳴った。

「トゲがあるのは、お互い様だろ」

 否定もせずに口角を上げる。

 男っぽい譲の顔だけに、妙な迫力がある。

 互いに睨み合うように見詰め合ったまま口篭る二人に、望美がのんびりと言った。

「ねー、おなかすいた~」

「あ、すみません、先輩」

「姫君を待たせて悪かったね」

 望美に返事をして、譲の姿のヒノエは席に座り直し、ヒノエの姿の譲が急いで給仕をした。

「手伝うわ、譲殿」

「ありがとう、朔」

 ヒノエに穏やかに微笑み、手伝う朔の姿は非常に珍しい。

「姫君の手を煩わせるなんて、野暮だね」

「お前が動かないからな」

 からかうように言う譲の姿のヒノエを叱りつけるヒノエの姿の譲。

 珍しいやらおかしいやら。

 もともと順応力の高い、というか、いろんなことがありすぎて高くならざる得なかった面々は、珍しい姿を楽しみ始めたのだった。