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魔法のベルが鳴るとき ~ヒノエ・譲編~ ( 3 / 4 )

 



 どうせならにぎやかなところに行こうと、藤沢に出る。

 カラオケに行った後、食事をしようかと道を歩く。

 その間も、ヒノエは望美にべったりで、耳元で甘いささやきをして。

 望美は真っ赤になりながらも嬉しそうにしている

 その姿が、笑顔が、あまりに綺麗で、幸せそうで。

「やっぱり、ああいうタイプが好きなのかな」

 甘い言葉を囁いて、スマートにエスコートする。

 自信に満ちた笑みを浮かべて……

 小さく溜め息を吐きながら、道を歩いていると、呼び止められた。

「あの…」

「え?」

 振り返ると、可愛らしい女性が立っていた。

「ヒノエ、さん、ですよね?」

「え、と、はい」

 今の自分はヒノエの姿だから、ゆっくりと頷くと、女性は寒さだけでなく紅潮した頬で譲を、ヒノエの姿を見た。

「あの、ずっとお礼を言いたくて」

「お礼?」

「前に、男の人に絡まれているところを、助けてもらったんです」

 覚えてないですか?と聞かれて、何も言えずに口篭る。

「その後何度か見かけたんですが、なかなかお話できなくて……ありがとうございました」

「あ、いや」

 どう答えていいのか分からず、当たり障りのない言葉を返す。

「それで、その」

 一段と赤くなった顔に、譲は不思議そうに女性を見た。

 女性は言葉を詰まらせながらも、必死に言った。

「お、お付き合いしていただけませんか?」

「え?」

 ここで何処へ?と言うほど、鈍くはなかった。

 先ほどの望美のように、赤くなって、けれど、どことなくしあわせそうな、そんな表情。

 どうするか迷ったけれど、譲はひとまず断ることにした。

 ヒノエはなんだかんだと望美を口説いているし、いずれ熊野に帰ると言っているから、こちらでちゃんとした恋人を作るとも思えなかったから。

「ごめんなさい」

 軽く頭を下げて言うと、女性が悲しげな顔になった。

「………あの人、ですか?」

 譲が首を傾げると、女性が少し離れてしまった望美と、譲の姿のヒノエを見た。

「さっきから見ていたんです。ヒノエさん、ずっと切ない顔で、二人を見ていたから」

 傍目にも分かるような顔をしていたのかと、譲は心の中で反省する。

 そんな譲に、女性が必死な顔で言う。

「でも、あの人、ずっと他の男の人と仲良くして、嬉しそうで!」

 想っても無駄じゃないと、その瞳が言っていたけれど。

「それでも……彼女が誰を想っていても、俺はあの人が好きなんだ」

 今更この気持ちは変えられない。

 そして、彼女が誰かを愛したのなら、その恋を邪魔することは、できないのだろう。

 望美の幸せを壊すようなことは。

 切なくて、苦しくて、それでも口元に笑みを浮かべてそう告げると、目の前の女性もまた哀しげな顔をした。

「ゴメンナサイ」

 女性が頭を下げる。

「クリスマスの奇跡に期待して、思い切ってみたんだけど…ダメなものは、ダメですよね」

「いや……ありがとう」

 譲は切なげに、それでも微笑んで答えた。




「気になるかい?」

 譲の姿のヒノエが、動かない望美に言う。

 なかなか来ない譲を探して首を回せば、少し離れた場所で女性と何かを話していて。

 真剣そうな顔に、胸が痛んだ。

「望美」

「ひゃっ」

 耳元で囁かれて、びっくりして顔を上げる。

「やっとこっちを見た。つれない姫君だ」

「も、もうっそんなこと言わないで!」

 真っ赤になって抗議するけれど、譲の姿のヒノエは笑うだけ。

「何やってるんだよ、ヒノエ」

 女性と離れた譲が来て、ヒノエにそういうけれど。

「おっと、ここではオレは譲だぜ?」

 しれっと言うヒノエに、譲が呆れた顔をして、望美が苦笑する。

「ね、この後何処に行く?」

「そうですね。あ、アレ、先輩が好きなぬいぐるみのシリーズじゃないですか?」

 ゲームセンターの入り口にあるぬいぐるみキャッチャーを指差して、譲が言う。

「わぁ、本当だ。新作が出てるv」

「アレが欲しいのかい? 任せなよ」

 にっと笑って、望美の手を引いて歩いていく。

 ああ、そうか。あの顔だ。

 ヒノエは自信に溢れていて、揺るがない。

 それが何よりも羨ましくて。

 自分にはあんな顔はできないと、譲は切なげに二人を見詰めた。




「あの……」

「え?」







 
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