クラヴィスさまのお誕生日 ( 2 / 3 )
むっつりと不機嫌な闇の守護聖を導くように、水の守護聖は次元回廊へ歩を進めていた。
軽いざわめきを耳にして、その頬に笑みが浮かぶ。
「……これは……何かの祭りか」
闇の守護聖がそうつぶやいたのも無理はなかった。
執務時間の真っ最中だというのに、光の守護聖を除く全守護聖が次元回廊の入り口に集合している。
思い思いに階段に腰掛けたり、柱に寄りかかったり、そのくつろいだ様子は、まるで庭園にでもいるようだ。
リュミエールがニッコリと微笑んだ。
「いえ……クラヴィスさまがご出張中にお誕生日を迎えられるので、パーティができない替わりにお見送りを…と」
「……馬鹿な。たとえここにいても、パーティなど開かぬものを」
闇の守護聖はにべもなく言い返す。
しかし、水の守護聖は澄ました顔で答えた。
「そうですか? わたくしは準備をしておりましたよ」
「リュミエール」
ふ……と息をついて、彼は薄い色のまつげを伏せた。
「おしかりは覚悟の上でした。けれど……残念ながら計画倒れになりましたので、どうかプレゼントだけでもお受け取りください」
そうして静かに取りだされた包みに、さすがの闇の守護聖も手を伸ばさないわけにはいかなかった。
薄い紗布で幾重にもくるまれた小箱。
その中には、優雅で精緻な図柄のタロットカードが収められていた。
すべて手描きである。
「これは……」
あまりにも贅沢な芸術品を手に、闇の守護聖は絶句した。
「ルヴァさまに手ほどきを受けて、ゼフェルに仕上げをしてもらいました。つたない品ですが、何かにお使いいただければうれしゅうございます」
微かに頬を染めながら、水の守護聖が言い添える。
「……ひと月やふた月で仕上がる仕事ではあるまい」
「一枚一枚楽しみながら描いておりました」
長い沈黙が落ちた。眉根を寄せた闇の守護聖の顔は不機嫌そのもの。
水の守護聖を除く全員が、かたずをのんで見つめている。
すると、ふいに闇色の瞳が閉じ、淡い微笑みがゆっくりと広がった。
「……確かに……思いを込めた贈り物というのは、うれしいものだな……。ルヴァ、ゼフェル、お前たちにも面倒をかけた」
一気に場の空気が和む。
クラヴィスの笑顔は滅多に拝めないだけに、効果は絶大である。
地の守護聖はニコニコと解説を始めた。
「あ〜、そのタロットは、タロット発祥のころのカードを忠実に再現していますのでね、あなたがこれまでお使いのものとは多少違うかもしれませんよ。占いの結果も……少し明るくなるといいんですがねえ」
「けっ! 道具でいちいち結果が変わってたまるかよ」
素直でないコメントは、もちろん鋼の守護聖。
「だけどこのカードの表装にはオレ様のこだわりがあふれてるからな、鳥を探したり何だりのくだらねー占いには使うなよ」
「ひどいよ、ゼフェル! チュピは僕の大切な親友なんだよ」
何度かクラヴィスに行方不明の小鳥を探してもらったことのあるマルセルが抗議した。
「放っておけよ、マルセル。クラヴィスさま、俺たちからはこれを!」
勢いよく包みを差し出したのは、勇気をもたらす風の守護聖。
一刻も早く中身を見せたいらしく、クラヴィスが触れる前に自分でベリベリと包装紙をはがしてしまう。
「ああ……きれいなキャンドルですね」
傍らに立つリュミエールが微笑みながら言った。
「火を灯すと、森の香りがするんです。ランディと、いろいろ失敗しながら作ってみました」
これは緑の守護聖。
「俺は不器用だから、もっぱら材料集めだったんですけど」
こちらは風の守護聖。
「おめーそればっかじゃん」
あきれたように言ったのは、鋼の守護聖である。
「……聖地の森の香りか」
噛み締めるように闇の守護聖がつぶやいた。
それに励まされたのか、緑の守護聖が思い切って口を開く。
「あの……、ぜひお誕生日の夜に灯してみてください!」
プハッと笑い声。いつの間にかそばに寄ってきた夢の守護聖である。
「ちょおっと〜☆ それってばすっごい暗〜い光景じゃない?」
「あ〜、でもクラヴィスはいつもそんな感じですよねえ」
「ル、ルヴァさま」
悪気の無い地の守護聖のコメントに、風と緑の守護聖がうろたえた。
二人を押しのけ、ずいっと前に出るオリヴィエ。腕組みして多少不満そうである。
「私はさ〜、白檀の扇とか紫水晶のアクセサリーとか、センスあふれるものを贈りたかったんだけど、オスカーといっしょに--ってことになっちゃったから」
「悪かったな!」
炎の守護聖はそう言うと、進み出てクラヴィスに酒瓶を渡した。
「月並みですが、酒です。強いのでご用心を……なんて言う必要はありませんね」
「ほーんと、化け物みたいに強いものね」
二人とも、闇の守護聖の部屋で飲み明かした時の記憶がいまだに鮮明らしい。
あの夜、オリヴィエは沈没、オスカーは途中でリタイアした。
「フッ……顔に出ぬだけだ……」
嘘か真実か、闇の守護聖がつぶやく。
「秘蔵酒ですので、普通の酒とはひと味違うと思いますよ」
「そうそう、酔い心地は格別だよ〜☆……って、酔わないんだっけ」
「しつこいぞ、オリヴィエ」
「……」
にぎやかな語らいが、自分の周りで続くことに不思議な感慨を覚えながら、クラヴィスは降り注ぐ陽光に目を向けた。
きらめく輝きが闇の守護聖の瞳を美しい紫色に変える。
その一瞬、確かに闇は彼の中から消えていた。
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