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クラヴィスさまのお誕生日 ( 3 / 3 )

 



「闇の守護聖さま、聖地からお届けものがございました」

視察を終え、出張先での拠点となる屋敷に戻ってきたクラヴィスに、使用人頭が声をかけた。

「お部屋にお持ちいたしますか」

「……頼む」

いつも怯えたように自分を見る使用人頭が、今日はなぜか微笑んでいる。

それを訝しく思いつつ、クラヴィスは執務室へ向かった。

王立研究院のスタッフとの打ち合わせ、資料の分析、報告……聖地では考えられない量の仕事をこなして、私室に戻ったのは夜もかなり更けてからだった。

申し訳程度の灯が揺れる暗い居間。

もちろん滞在客の好みに合わせたしつらえである。

ふとテーブルに目をやると、パステルピンクの包装紙に大きな赤いリボンをかけた箱が置かれていた。

「……」

使用人頭の微笑みの意味を瞬時に理解し、こういうものを堂々と送り付けられるほうの身になったことはあるのだろうか……などと考えながら、闇の守護聖は長い指をリボンに絡ませた。

絹のこすれる爽やかな音とともに、趣向を凝らしたラッピングの中から明るい色合いのオルゴールが現れる。

添えられたカードには、大陸視察のため、出発時にプレゼントを渡せなかったことを詫びる言葉と、それぞれの女王候補からのメッセージが書かれていた。




文字を読むにはさすがにこの部屋は暗すぎる。

クラヴィスは、聖地から運んだ私物の影に、風と緑の守護聖から贈られたキャンドルが置かれているのに気づいた。

そういえば、誕生日は今夜である。

こんな形で緑の守護聖の願いをかなえることになろうとは……。

部屋の隅の燭台から、手作りのキャンドルに火を移す。

暖かな光とともに、静かに森の香りが広がった。

美しい聖地の森が眼前によみがえる。




メッセージは、いかにもそれぞれの少女らしい内容だった。

本当は手作りのケーキを焼きたかったけれど、そんな時間はないとパスハとロザリアに怒られた--というアンジェリーク。

だいたい、いつ手元に届くかわからないのに、傷みやすい食べ物を贈る神経がわからない。

その点オルゴールなら、時期も環境も動力も気にせずに済むから--とロザリア。

一部、かけあい漫才のようにメッセージが交錯している。

文字にしてさえにぎやかなことだ……と、クラヴィスは軽くため息をついた。




やがてカードから目を上げると、古風な作りのオルゴールに視線を移す。

蓋に象眼細工で描き出されているのは、リュートやチェンバロなどの古楽器と繊細な花々である。

その滑らかな表面に手を滑らせ、蓋をコトリと開けてみた。

流れ出したのは、意外にも彼の母星に伝わる古いララバイ。

リュミエールの入れ知恵か? 

しかし、こんなに古い記憶を彼に話したことがあっただろうか。

もし誰かに話したとしても、それはもっと幼いころ……。

「……」

傍らのキャンドルの光をしばらく見つめた後、闇の守護聖は静かに立ち上がった。



* * *



テーブルの上には、柔らかな森の香りを漂わせるキャンドル、少々強めの酒を入れたグラス、そして宝石のような輝きを放つ手描きのカード。

ネジをいっぱいにまいたオルゴールからは、懐かしい曲が流れ続けている。

逃れようのない運命を冷酷に告げるタロットの図像も、リュミエールの手にかかると様相を変える。

いたわりと喜びと哀しみが、ベールのように運命の厳しさを包み込んでしまうのだ。

「……あの者らしい」

カードを繰りながら、思わずクラヴィスはつぶやいた。

人とのかかわりを避け、何にも心を開かず、いつ終わるとも知れない歳月をただ見送るだけの日々。

暗闇の淵に沈み、どんな色もその漆黒の空間を染め替えることはできないと信じていた。

だが……いつの間にか……ほんの少しずつ、さまざまな彩りが自分の周りに生まれていたようだ。

それをそれほどわずらわしいと感じない自分に、闇の守護聖は驚いていた。




何杯目かの琥珀色の液体が注がれる。

グラスを手に取ったとき、ふと夢の守護聖の言葉が頭をよぎった。

「それってばすっごい暗~い光景じゃない?」

闇に沈む部屋。

確かに、こんな空間でキャンドルを灯し、一人でグラスを傾けているのは明るい光景とは呼べまい。しかし……

微かで穏やかな笑みが浮かんだ。

「しかし温かい……」

オルゴールの調べが少しずつテンポを落とし、闇へと消えていく。

11月11日の夜は、静かに更けていった。



* * *



「ねえルヴァ」

満天の星空を見上げながら、オリヴィエはかたわらの地の守護聖に声をかける。

「私思ったんだけどさ。今回はジュリアスのプレゼントが一番だったわね」

「はあ?」

怪訝そうなルヴァのほうに向き直り、バルコニーの手すりに身をもたせかけると、夢の守護聖は続けた。

「誕生日の孤独。でもみんなからのプレゼント付きの……。
だあ~って、クラヴィスがあのままここで誕生日を迎えたとしてごらん。
パーティに来てくれるか、プレゼントを受け取ってくれるか、リュミちゃんはハラハラしっぱなし、私たちも顔色うかがいっぱなし、当の本人もどう振る舞っていいかわからなかったでしょ?」

「ああ~、確かにそうですね」

オリヴィエの言葉に、地の守護聖は微笑んだ。

「でも今夜はね、みんながクラヴィスがどう過ごしているか、できれば心穏やかにいてほしい……って、温かい気持ちで思いやってる。
たぶん……ううん、絶対に、クラヴィスもこの飛空都市のことを思ってるわよ」

オリヴィエの視線は、再び星空に戻っている。


「なるほど。ジュリアスは今までにない誕生日をクラヴィスに贈ったわけですね~」

「そういうこと。あの唐変木にしちゃあ、よくそこまで頭が回ったわよ」

ルヴァはすっと真顔になり、しばらくして深い笑みを浮かべた。

「あの二人は、お互いに特別なんですよ。私たちとは異なる、とても強い結びつきをもっているんでしょう。……本人たちがどこまで気づいているかは知りませんがねえ」

「あっら~☆ 私、男とはあんまりそういう結びつきをもちたくないわ」

目を丸くして茶々を入れる夢の守護聖。

「あなたとオスカーも似たようなものかと思っていましたが」

「ちょっとやめてよ! だいたいあっちは全宇宙のお嬢ちゃんと結びつきをもってるつもりでいるのよ」

「あ~、鵜飼いみたいですねえ」

「へ? 何よそれ」

「あ~そもそも鵜飼いとはですねえ……」

このあと夢の守護聖は、1時間にわたり鵜飼いの講義を聞かされることになった。

降るような美しい星空の下で。





闇の守護聖さま、お誕生日おめでとうございます。





 

 
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