クラヴィスさまのお誕生日 ( 1 / 3 )
「え……! ご出張……ですか」
いつものようにハープの演奏を終えて、執務室から退出しようとしていた水の守護聖は、思わず足を止めた。
「ああ……どうしても闇のサクリアが必要だと……。気は進まぬが」
心の底から大儀そうに闇の守護聖はつぶやいた。
根っから外出嫌いの彼は、飛空都市においてさえ、執務室と私邸以外の場所にはめったに足を運ばない。
それが、何万光年も離れた惑星に出張するのだ。考えるだけでうんざりするのだろう。
「そう……ですか」
その声に必要以上の落胆を感じ取って、闇の守護聖は顔を上げた。
「……どうした?」
「いえ、お気をつけておいでください」
取り繕うように気弱な微笑みを浮かべると、水の守護聖は静かに執務室を後にした。
2週間の出張。それが意味するものは明らかだ。
(ジュリアスさまはご存じの上で……いえ、それでも職務を優先されるのでしょう)
公務はすべての私事に優先する--と信じて疑わない首座の守護聖を思い浮かべ、リュミエールは小さなため息をついた。
* * *
「ああ〜ん、気が利かない! クラヴィスの誕生日、出張中に過ぎちゃうじゃない☆」
ジュリアスの執務室で素っ頓狂な声を上げたのは、オリヴィエ。
スケジュールの打ち合わせ中、クラヴィスの出張を耳にしての反応だった。
「緊急事態だ。仕方あるまい」
書類に目を落としたまま、ジュリアスが答える。
「どうしても闇なの? 私のサクリアでもいいんじゃない?」
「そなたの出番は闇の後だ。安心して眠れるようになってこそ、夢も力を発揮できる」
「でも〜〜」
「おい、オリヴィエ、しつこいぞ。だいたい子供じゃあるまいし、誕生日、誕生日って騒ぐな!」
たまりかねたように、副官のオスカーが口を挟んだ。
「あ〜ら、8月に大パーティ開いたのはどこの誰だったかしら?」
ぐっ…と言葉に詰まるオスカー。
8月のパーティは、誰あろう、光の守護聖の誕生日を祝うものだった。
書類から目を離さずに、ジュリアスが言う。
「私は決して誕生日を軽んじているわけではない。皆で祝うのも大切なことだ。しかし、中にはパーティが苦痛な者とていよう」
ぽかんとした顔で、二人はジュリアスを見つめた。
にわかに静まりかえった執務室の中に、書類をめくる音だけが響く。
「あんたもしかしてさ……すっごく気を遣って出張入れてあげたの?」
困ったような顔で、オリヴィエが尋ねた。
「馬鹿を言うな。偶然だ」
目を上げずにジュリアスが答える。
「ふ〜ん。都合のいい偶然」
「オリヴィエ、お前は引っ込んでろ!」
炎の守護聖が、ついに立ち上がって怒鳴った。
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