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朴念仁 ( 4 / 6 )

 

その問いには答えず、あかねは鷹通に背を向けると、境内の端にある椿の根元に歩を進めた。

「……八葉の役目は……鷹通さんにとって大切なものなんですよね…」

「はい。もちろん、治部少丞としての職務も大切ですが、今は何にもまして八葉としての役目を果たしたいと考えております」

木漏れ日の中で、いつもより小さく見える後ろ姿を見ながら鷹通は答える。

「…鷹通さんにとって、私は龍神の神子で……」

あかねの肩はかすかに震えていた。

鷹通の胸がぎゅうっと絞り込まれるように痛む。

なのに声は、穏やかで、冷静で。

「あなたは、この京をお救いくださる唯一のお方。一命を賭してもお守りいたします」

突然、あかねは自分の両腕を抱き締め、その場に座り込んでしまった。



「神子殿!?」

鷹通はすぐに駆け寄り、肩を抱き起こす。

大粒の涙を流しながら、あかねは首を左右に振った。

「いいの! わかってたんです! 鷹通さんが私のこと、大事にしてくれるのは神子だからだって。わかってたけど、夢を見たくて、帰したくないって言ってもらいたくって……ごめんなさい、我が儘言って…!」

「我が儘などと…神子殿」

優しくなだめようとする声を聞いて、本当に鷹通の心は自分には向けられていないのだと、あかねは確信した。取り乱して、一方的に気持ちを押し付けているのは自分だけ。それを鷹通は、八葉として受け止めている。

背中をそっとさすってくれる手が、哀しいほど暖かかった。

(元の世界に帰ろう…私がここに残る意味なんかないんだ……)

止めようと思っても、涙があとからあとから溢れてくる。

仕方なく、目をつぶったまま立ち上がった。

「…ごめんなさい! 気にしないでください、鷹通さん。私、やっぱり今日は帰ります」



走り出そうとしたあかねの手を、予想以上の強さで鷹通がつかんだ。

「お願い、鷹通さん、離して…!」

涙で濡れた顔を見せないよう、背を向けたままあかねが言う。

「………」

返事はない。

あかねが手を振りほどこうとしても、痛いほど強く握られた手は離れない。

「鷹通さんっ…!!」

悲鳴に近い声を上げた後、いきなり手を引かれた。

そして次の瞬間、鷹通の胸の中で口づけられていた。



最初は何が起こったのかわからなかった。

引き裂かれそうな胸の痛みを覚えたはずなのに、今、愛する人の腕の中にいる不思議。

初めてのキスの感触。

(…まさか、私を落ち着かせるために…?)

一瞬よぎった考えは、すぐに打ち消された。

繰り返し触れてくる唇は、どんな言葉よりも雄弁に愛を伝える。

あかねはいつしか、思考を放棄して鷹通の胸に身を委ねていた。

この時間が永遠に続けばいいと、強く願いながら。

 

 
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