<前のページ | ||
朴念仁 ( 3 / 6 )
緑の小道をたどり、神社に続くなだらかな坂道を上る。 小鳥の声と涼やかな木陰。 この神域はいつ来ても穏やかに清らかに包み込んでくれる。 「きれい……朝は特に素敵ですね」 木立を見上げてあかねが言った。 「空気が澄んでいますからね。夏の盛りになっても、ここは過ごしやす……」 鷹通が言葉を途切れさせる。 あかねも、上を見たまま目を見開く。 夏の盛り。 その時期まで、2人がともにいることはできない。 「……そう…。私たちの世界と違って冷房がないから心配だったけど、代わりに京には豊かな自然があるんですね」 何も気づかなかったように、あかねが言った。 「…冷房……ですか?」
聞き慣れない名前に反応した鷹通に、あかねはいつものように、言葉を尽くして説明した。 「……仕組みは私もよくわからないんです。でも、おかげでどんなに暑い日でもぐっすり眠れるんですよ」 一通り機能を説明した後、そう締めくくる。 鷹通の表情は、いつもと違って曇っていた。 「…鷹通さん?」 すっと伏せられる睫毛。 「そのように便利な世界から来られた神子殿にとって、ここでの暮らしはさぞお辛かったことでしょう…。京を救うためとはいえ、私たちはあなたに大変なことを強いてしまったのですね」 「そんな…!」 あかねは思わず鷹通の袖をつかんだ。 「確かに最初はびっくりしたけど、藤姫や八葉のみんなに助けられて、どんどん京が好きになって、私、ただ辛かったとか、そんなことありません!」 「……神子殿…」
しばらくあかねの瞳を見つめた後、鷹通は柔らかく微笑んだ。 「…申し訳ありません。あなたに余計な気を遣わせてしまいましたね」 「…え」 袖を掴んだ手が、緩む。 「そう言っていただけて、とてもうれしいです。…けれど、あなたを元の世界に無事にお返しするのが私たちの使命。こんなにも京を思い、救おうとしてくださるあなたに報いるただ一つの方法なのです」 するっと、あかねの手が落ちた。 瞳から表情が消え、暗い影が宿る。 急に俯いたあかねに、鷹通は不思議そうに声をかけた。 「…どうかなさいましたか?」
|
||
<前のページ |