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朴念仁 ( 2 / 6 )

 

鷹通はきょとんとした顔をして言い返した。

「……おっしゃる意味がわかりませんが…」

「……だから、神子殿をおひきとめすることにしたのか、それともきみがここを去る決意をしたのか、どちらなのかと聞いているのだよ」

治部省の一角。

わざわざ訪ねてきた友雅とともに、彼は広い中庭を散策していた。

「……ですから、それはどういう意味で」

ふうっと大きく友雅が溜め息を吐く。

と、鷹通のこめかみを畳んだ扇でぐいと押した。

「あ…!」

「まったく、やっかいだね。きみは」

「な、何がですか…!」

小突かれた場所に手を当てながら、鷹通が食ってかかる。



「その明晰な頭脳を、自分で凍らせるのはやめたまえ。本当はわかっているのだろう? 何を恐れているんだい」

「……!!」

2人の間に沈黙が落ちる。

パチン…と、友雅が扇を鳴らした。

口を開こうとする鷹通を制すように背を向ける。

「さて、なけなしの親切心を残らず使ってしまったから、そろそろ退散することにしよう。ああ…」

一瞬、きつい目で鷹通を見据える。

「きみがモタモタしているなら、私は遠慮などしないよ」

「…! どういう……」

答えを返すことなく、友雅は立ち去った。



一人、初夏の庭に取り残されて、鷹通は自分の胸に手を当ててみた。

いつもより強く響く鼓動。

「……神子…殿……?……」

きゅうっと締めつけられるような痛みが起きる。

それは、この数週間ずっと続いている症状だった。

土御門に向かいながら、あかねの傍らを歩きながら、言葉を交わしながら。

頭はいつもとまったく変わらない冷静で中立的な判断を下すのに、胸の鼓動は高まるばかり。

時々、あかねに聞こえてしまうのではないかと心配になるほどだった。

「……本当は……わかって……?」

ズキズキと痛む胸をそっと押さえる。

頭と胸の温度差があまりに大きくて、自分の身体とは思えなかった。

「……わかって……」


* * *


翌日。

さわやかな初夏の朝。

「2人で……ですか?」

鷹通の問いにあかねはコクリとうなずいた。

その日、どういうわけか土御門邸に鷹通以外の八葉の姿は見当たらなかった。

困惑する鷹通に、2人で出掛けようとあかねが言ったのだ。

「もう、怨霊は全部封印しましたから、京を巡って五行の力を高めるだけでいいんです。それだったら2人でも危なくないでしょう?」

どこか思い詰めたような瞳で言うあかねから、鷹通は思わず目をそらす。

「……そう……ですね。では…」

見るからに気が進まない様子の鷹通を見て、あかねは睫毛を伏せた。

(だめ! くじけちゃ。今日が最後のチャンスかもしれないんだから、せめて自分の気持ちを伝えなきゃ)



何となくギクシャクとしながら、2人は門を後にした。

それを天真や詩紋、頼久が築地の影からそっと見送る。

「……あかねちゃん、大丈夫かな…」

「鷹通の野郎、あいつを泣かせたらただじゃおかないぞ」

「…ともかく、われわれにできるのは見守ることだけだ。天真、後を追ったりしてはならぬぞ」

頼久に釘を刺されて、天真が門柱を拳で叩いた。

「わかってるさ! まったく、これが友雅の指図っていうのが気に入らないけどな」

「しーっ! 天真先輩、声が大きいよ!!」

3人がドキドキしながらもう一度門の向こうを覗くと、鷹通とあかねの姿はすでに遠くなっていた。



「鷹通さん、大豊神社に行きませんか?」

努めて明るい声で、あかねが言う。

「大豊…ですか。神子殿はそれでよろしいのですか?」

自分に縁の深い場所を挙げられて、鷹通は戸惑った。

あかねが自分に気を遣っているように思われたからだ。

「はい! 私、あの場所は大好きです」

屈託のない声を聞いて、どこかほっとする。

(私は何を動揺しているのだ。神子殿はいつも通りではないか)

「では、参りましょうか」

鷹通の穏やかな笑みを見て、あかねも秘かに安堵の溜め息をもらした。

 

 

 
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