朴念仁 ( 1 / 6 )

 

「……どうしよう。本当に好きになっちゃった…」

土御門邸の中庭、自室から離れた築地塀のそばで、あかねはつぶやいた。

「もう、あと少ししか一緒にいられないのに…。こんなときになって私…」

ポカポカと自分の頭を叩く。

「馬鹿、馬鹿、馬鹿! どうするのよ〜!!」


「その幸運な男が羨ましいね」

不意に後ろから声をかけられて、あかねはしゃきっと背を伸ばす。

この声はまぎれもなく…。

「ご機嫌いかがかな、神子殿。まあ、今の様子ではとても麗しいとはいかないようだが」

「とっ、友雅さんっ!!」

少し皮肉をにじませた優雅な笑みを浮かべると、友雅は片目をつぶってみせた。

よりによってなぜこの人に…。

あかねは真っ赤な顔を青ざめさせるという器用なまねをした。

友雅がフッと笑う。

「大丈夫。誰にも言わないよ。言う必要もないしね」

「ど、どうしてですか?」

くるっときびすを返すと、あかねが当然付いてくるという前提で、友雅は歩き出した。

仕方なくその背を追う。

「第一に、きみの今の反応で、お相手が私でないことがわかってしまったからね。ほかの男を喜ばすのなどごめんだ」

「そっ、そんな! 友雅さんが私みたいな子供、相手にするわけないじゃないですか!」

顔の前で両手を振るあかねを見て、

「神子殿は存外非情でいらっしゃる」

と、友雅は小さく呟いた。



「え?」

「で、きみはなぜ、自分の気持ちを鷹通に伝えないのだい?」

「だ、だってそんなこと…迷惑だと…………」

そこまで言って固まってしまったあかねに構わず、話を続ける。

「なぜ? そんなの、伝えてみないと分からないだろう」

あかねはパクパクと口だけ動かしていた。

返事がないので仕方なく友雅が口を開く。

「ああ、それが第二の理由だよ、神子殿。きみの秘めたる想いはダダ洩れなんだ」

「……ど、ど、どうして…?!」

「どうしてって…」

ズイと友雅が歩み出た。

「物忌みに必ず招んで、日頃から侍従の香を薫きしめて、彼の都合が悪い時以外は必ず供に選んでおいて、どうしてもないだろう」

「……!!」

やれやれという顔で友雅が溜め息をつく。

「おかげで八葉の控えの間の暗いことと言ったら……。弔いの如しだよ」



「でも鷹通さん……」

あかねが両手を握りしめて下を向く。

「そうだね。その中にあって、きみの気持ちに唯一気づいていないのがあの朴念仁殿だ」

「……です…よね……」

諦めたように笑うあかねを見て、友雅の胸はチクリと痛んだ。

そう、それはおかしなことだった。

正義感や信念で多少見方が偏ることはあっても、元来鷹通は人の心の機微に聡い。

弱ったり、傷ついたりしている人を見つけては、友雅には理解できないほど親身に労り、面倒を見ようとする。

その鷹通が、己に想いを寄せる女性の気持ちにここまで気づかないとしたら……。

「……やれやれ、今回はずいぶんと損な役回りのようだ」