「譲れない」もの ( 2 / 2 )
「ものより気持ち……」
カリガネお手製の菓子を頬張りながら、サザキがつぶやく。
「カリガネは、サザキを見習ってるんじゃないかな」
千尋もひとつ、口元に運ぶ。
「オレを? そりゃ姫さん、買いかぶりってもんだ」
バーンと背中を豪快にたたかれて、千尋は思わずむせた。
「あ! 悪い、大丈夫か?」
「う、うん。とにかく、カリガネはちゃんとサザキの気持ちはわかってるんだから」
「う~~~ん。とはいえ、どうもスッキリしねえんだよなあ~~~!」
両手で頭をかきむしりながら、サザキがうなる。
千尋はその様子を困ったように見つめた。
「『もの』じゃなく『気持ち』を、目に見える形で贈れたらいいんだけど……」
「目に見える『気持ち』なんて、そんなものこの世に……」
熊のようにウロウロと歩き回っていたサザキは、「あっ!!」と叫んで突然立ち止まった。
「……サザキ?」
「そうか! 目に見える気持ちか!」
「何か思いついたの?」
「少なくともあいつが気軽に誰かにやったりできないもの、思いついたぜ!」
* * *
「……不吉だ」
堅庭で青空を見上げながら、カリガネはつぶやいた。
この数日、ほとんどサザキの姿を見ていない。
こういうときはたいてい、自分に隠れて何かしょーもないことをやっているのだ。
それが何であれ、後始末する覚悟だけはしておこう。
どういうわけか自分とサザキは、そういう役割分担が定められているようなので……。
そのとき、後ろから賑やかな足音が近づいてきた。
船の中から、堅庭へと勢いよく走り出してくる。
振り向かずとも誰かはわかった。
「カリガネ~~!!」
響き渡る大きな声と同時に、視界が何かで覆われる。
「!!?」
「受け取れ!」
「サザキ?」
カリガネが、頭にかぶせられたものを外してみると、それは青と赤の模様を鮮やかに染め抜いた大きな布だった。
目の前に、サザキが得意そうに胸を張って立っている。
「これは……飾り布か何かか?」
「いいや! オレたちの船の旗だ!」
「船……?」
「おいおい、まさか忘れたわけじゃあるまいな?
オレたちは海賊だ! 海賊には船が必要だ!
だからとりあえずは、旗から作った」
「……」
カリガネが口を開こうとすると、サザキは両手を振って遮った。
「あ~~!! 言いたいことはわかってる!
そりゃあ今すぐにってワケにはいかないさ。
だがオレはあきらめちゃいない! 絶対に船を手に入れる!
お前や手下たちを乗せて大陸にだって行ってやる!」
「……サザキ」
「だ~いじょうぶだ、この約束は絶対に果たす!
何なら『契約』にしてもいい。
だからお前は、それまでこの旗をちゃんと持っていろ!
オレとお前の契約の証だ。間違っても人にやったりするんじゃないぞ!」
「…………誰も欲しがらない」
「カーーーッ! それを言っちゃおしまいだろうが!」
腰を折って落ち込むサザキに、カリガネはかすかに微笑んだ。
「旗」を丁寧にたたみ、小脇に抱える。
「……わかった。20年後か、30年後か、40年後かわからないが、それまで持っていよう」
「カリガネ! お前、俺がどんだけかけて船を手に入れると思ってるんだ?!」
「私が聞きたい」
賑やかな一人と、寡黙な一人は、それでも和気藹々と話しながら船の中へと戻っていった。
「……それで、あれは千尋の入れ知恵ですか」
泉のほとりの四阿で一部始終を聞いていた風早は、隣にいる少女に尋ねる。
「ううん。思いついたのはサザキ。
私は夕霧と一緒に、旗を作る手伝いをしただけだよ」
まだ時折聞こえてくる、サザキの声の方角に目をやりながら千尋は答えた。
「サザキはカリガネに、『あきらめない気持ち』を伝えたかったんだって。
カリガネはそれを一番喜ぶはずだから」
「なるほど。とても素晴らしいプレゼントだとは思いますが……」
風早は口元を手で覆うと、クスクスと笑いだす。
「風早?」
「いえ、すみません。でも何だか『マイホームを建てる約束をしているお父さん』みたいに見えてしまって」
「!! …………風早の意地悪……」
「はい、反省します」
その後。
カリガネは約束どおり大切に旗を保管し、定期的に外で虫干ししては、サザキにプレッシャーをかけたと言う。
『契約』の旗が船の帆柱にへんぽんと翻るのは、それから数年後のことだった。
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