「譲れない」もの ( 1 / 2 )
「サザキ、どうかしたの?」
堅庭を散歩していた千尋は、露台の手すりの上にしょんぼりと腰掛けるサザキを見つけて声をかけた。
天鳥船は、今、地上に降りている。
だから揺れる心配はないのだが、堅庭から地面まではかなりの距離。
翼をもつ日向の一族だからこそ、そんな物騒なところに腰掛けていられるのだろう。
「……ああ、姫さんか」
ゆっくり振り向いたサザキは、見るからに元気がなかった。
「ど、どうしたの? 何かあったの?」
いつもはおおらかに広げている羽を小さくたたみ、肩を落としている姿は「落ち込んでいます」と宣言しているようなもの。
「……やっぱりわかるか?」
「うん」
千尋は大きく頷く。
「……だよなあ〜」
サザキは大きくため息をついた。
「私に何かできること、ある?」
「……姫さんはやさしいなあ〜。あ、座るか?」
横を空けようとするので、千尋はあわてて手を振った。
「ご、ごめん、そこは無理」
一瞬不思議そうな顔をした後、サザキは「あ」と気づく。
「そりゃそうだな。悪い」
「ううん。あっちの四阿(あずまや)に行かない?」
小さな泉のほとりを指して、千尋は言った。
* * *
「あいつはまったく、物欲がないって言うか、執着がないって言うか」
サザキの話はこうだった。
昨日、手下の1人が立派な短剣を持っているのを見つけて、入手先を尋ねたところ、「カリガネにもらった」とのこと。
確かにそれは数年前、サザキが珍しく宝探しで収穫を得たとき、カリガネの取り分として渡したものだった。
実は、これは初めてのことではなく、カリガネは自分より必要としている人間がいると、どんなものでもすぐに譲ってしまう。
かなり値がはる貴重品でも、あっさりと手放す。
その短剣も、サザキとしてはかなりの想いを込めて贈ったものだったのに、刀を折って困っていた手下に、「ならばこれを使え」と渡してしまったのだと言う。
「オレはいつでも、あいつには二番目にいいものを渡してるんだ!
なのにすぐ人にやっちまうっていうのは、自分の分け前に満足していないからじゃないのか?
それとも、オレのやるものなんて大切にする価値がないってことなのか?」
(「二番目」にいいものなんだ)と心の中でツッコミつつも、千尋は「そんなわけないよ。サザキだってわかってるでしょ?」と言って聞かせる。
「カリガネはやさしいから、困っている人がいると放っておけないんだよ。
大切なものだからこそ、自分より役立ててくれる人に渡したいって思うんじゃないかな」
「それは……そうなんだろうけど……」
膨れっ面で応えると、サザキは足をブラブラとさせた。
「それでも、せっかくやったものを簡単に手放されるのは、やっぱり面白くないもんだぜ。
姫さんだって、忍人が同じことをしたら哀しいだろ?」
「さ、サザキ! どうしてそこで忍人さんが出るの!」
「やっぱりカリガネにとってはどうでもいいってことなのか……」
真っ赤になった千尋に気づきもせずに、サザキは空を見上げてまた大きなため息をつくのだった。
* * *
「サザキの気持ちは受け取っている」
天鳥船の一室。
普段カリガネが料理をするのに使っている部屋を、千尋は訪ねていた。
新作の菓子でも作るのか、彼は盛んに何かをこねている。
「分け前の大半はガラクタだが、気持ちは伝わってくる」
「そう、だよね……」
鮮やかな手つきに驚嘆しながら、千尋は頷いた。
サザキの落ち込みようがひどいので、余計なお世話と知りながら足を運んだが、カリガネの気持ちは尋ねるまでもなかった。
「でもサザキは気にしているみたいなの。
自分のあげたものを大切にしてもらえないのは哀しいって」
「姫は気づいていないかもしれないが」
調理の手を止め、カリガネは正面から千尋を見つめた。
「サザキのほうがよっぽど惜しげなく人にものをやっている。
守り神の朱雀を手放したのも、手下の薬を買うためだ。
私はそんなにあっさりと、あれだけ大切なものを売り払うことはできない」
「……!……」
「いざというときに執着がないのは、サザキのほうだ」
再び手元に目を落とすと、カリガネはこねた生地を麺棒のようなもので伸ばし始めた。
「……だからカリガネは、ものよりも気持ちのほうが大切……って思うんだよね」
「ああ」
「うん、わかった! ありがとう」
千尋がくるりと背中を向け、扉を開けようとすると、
「扉の横の棚に新作の菓子がある。皆に持っていってくれ」
と、声をかけられた。
振り向いた千尋は、カリガネを思わずまじまじと見つめてしまう。
「……どうかしたか?」
「カリガネとサザキは……。本当に、とってもよく似てるんだね」
「ほめ言葉には聞こえない」
「最高のほめ言葉だよ」
にっこり微笑むと、棚の上の皿に手を伸ばした。
「みんなに分けてくるね。感想とか聞けたら、また伝えにくるから」
「ああ」
軽やかな足音が回廊の奥に消えるまで、カリガネは手を止めて見送った。
|