やさしすぎる彼 ( 1 / 3 )
私の彼は、やさしすぎる。
のろけとかじゃなくて。
ちょっと困るくらいに……。
「ねえ、譲くん、本当はどこか行きたいところ、あるんじゃない? 私の行きたいところばっかり行かなくてもいいんだよ?」
「いえ、別にありませんよ。先輩と一緒だと、自分では絶対に行かないような場所に行けて楽しいです」
「でもほら、将臣くんとか、結構一人でふらふらどこかに行っちゃうじゃない? 譲くんも本当は一人とか、男同士だけで行きたいところ、あるんじゃない?」
「俺と兄さんは違いますから。第一、行き先も言わずに姿を消すのなんてまねしたくありませんよ」
「そ、それはそうだけど……」
異世界から帰ってきて、デートをするようになって、譲くんはいつでも私が行きたいところに連れて行ってくれる。
遊園地、海、花の咲く公園、水族館や動物園……。
最初はとてもうれしかったけれど、「もしかして無理させていない?」と、段々心配になってきた。
いつもとびきりの笑顔で「楽しかった」って言ってくれるから、ずっと気づかなかったけれど。
女の子が女の子だけで行きたい場所があるみたいに、男の子にもそういう場所はあるよね?
私、譲くんに知らず知らず我慢をさせてるんじゃないかな?
「んなことねえだろ。譲はお前と一緒なら地獄にだって鼻歌歌いながら行くタイプだから」
「ちょ…! 変な言い方しないでよ、将臣くん!!」
明らかに相談相手を間違えた! と思いつつ、抗議する。
譲くんの帰宅前の有川家のリビングで、私はクッションを抱え込んでソファに座っていた。
「だから、男子が男子だけで行きたい場所を教えてって言ってるの。あ! 下ネタはダメだからね!!」
ものすごくいい笑顔で口を開きかけた将臣くんが、しぶしぶ口を閉じる。
「そういう関係じゃないとすると……格闘技とかモータースポーツの観戦とかか? 譲がそういうのを好きだって聞いたことはねえけどな」
「う〜ん、確かに私からそういうところに行きたいとは言わないけど……」
リングサイドでエキサイトしている譲くんとか、あまり思い浮かばないなあ。
「ああ、そういえばバイト先でもらったナイターのタダ券があるから、お前らで行ってくるか?」
将臣くんが立ち上がって、壁の状差しの中をゴソゴソ探し始めた。
「野球?」
「男っぽいだろ?」
「将臣くんは行かなくていいの?」
「この日は予定が入ってるんだ。譲にやろうとしたら、あんまり興味なさそうだったし」
「興味ないんじゃダメじゃない!!」
立ち上がった私を将臣くんは片手で制す。
「だ・か・ら、クラスの男子を誘って行ったらどうだ?って案には興味がなさそうだったんだよ。お前と一緒なら、あいつは地獄にだって……」
「わ、わかった、わかったから! うん、じゃあもらう! 誘ってみるね」
むしりとるようにチケットを手にすると、私は早速鞄の中にしまい込んだ。
ナイターか……。
男の子的にはアリ、なんじゃないかな?
あれ?
譲くんって好きな球団とかあるのかな?
* * *
「やっぱり地元、神奈川の横浜ベイスターズが好きなの?」
私の質問に、譲くんが苦笑いした。
昨日は譲くんの帰宅が遅かったので、土曜日の今日、あらためて有川家を訪ねている。
ほかの家族はみんな外出中ということで、リビングでお茶をご馳走になっていた。
「今は横浜DeNAベイスターズという名前のはずですが、いえ、特に贔屓の球団とかはないです」
「そうなんだ。これ、ベイスターズの内野席らしいけど大丈夫?」
「ええ。でも先輩こそ、野球なんて興味ないんじゃないですか?」
「でも、ほら、あっちじゃ絶対に見られなかったじゃない? ナイターとか。だからこの際味わうのもいいかなって」
私の言葉に譲くんが目を見開いた。
一瞬、哀しそうな表情がよぎり、すぐに笑顔になる。
「そうですね。あっちじゃどれだけ松明を焚いても、野球はできませんから」
いくら私が鈍くても、目の前でそんな顔をされれば気がつく。
「私、何か変なこと言っちゃった?」
「いえ。本当に……あの世界で先輩はよく我慢しました。俺はそばにいたのにろくに助けられなくて…」
ああ、またそんなことを言いだして……!
私はぱちんと派手な音をたてて、譲くんの顔を両手で挟んだ。
「…先輩……?」
「助けてくれたよ! 譲くんがいなくちゃ、とても耐えられなかったよ。本当に本当に感謝してるんだから。だから私、せめてこっちの世界では譲くんに恩返ししたいの。あっちの世界のときのように、甘えっぱなしでいたくないの」
「甘えっぱなしなんて、そんなことありません」
「そもそも譲くんは私のことを考えすぎなの! もっとわがままとか言って! そのほうがつきあってる感じがするもの!」
「つ、つきあってる感じ……」
彼がカアッと赤くなるのを見て、(ダメだこりゃ)と心の中で呟く。
私から告白して、おつきあいを始めて、毎日のように「大好き」と言ってるのに、譲くんはさっぱり自分の立場に慣れてくれない。
気づくとあの世界にいたときと同じ距離まで下がって、八葉みたいに私をサポートしようとする。
私がもう神子じゃないのと同じに、譲くんももう八葉じゃないんだよ?
私のこと、本当に恋人って思ってくれてる?
目をそらしたまま私の手を頬から離すと、「それじゃあ、俺が弁当を作りますから、一緒に行きましょうか。野球が面白くなくても、戸外で食事するにはいい季節ですから」と譲くんが小さい声でつぶやいた。
「え? 面倒くさいから何か買おうよ!」
「いえ、先輩にいい加減なものを食べさせるわけにはいきません!」
そんなときだけきっぱりと私の目を見て言うなんて、やっぱり八葉モードだよ、譲くん……。
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