Whisper ( 3 / 4 )
「神子殿は耳が弱いね」
「キャ〜ッ!」
顔を真っ赤にして花梨が飛び退く。
札を探して京を散策中、翡翠が突然耳元で囁いたのだ。
「ひ、翡翠さん、急にやめてください!」
耳を押さえながら抗議する花梨をこぼれそうな笑顔で見つめながら、
「わかったよ。今度からはゆっくり、じっくりと囁くことにしよう」
と、応える。反省はゼロ。
幸鷹は、翡翠の悪ふざけを制止しようと口を開きかけたが、
「もう〜! 白虎は天も地も…!」
という花梨の言葉に凍りついた。
(天も…?)
案の定、翡翠の形のいい眉の片方がぴくりと上がる。
「おや? 聞き捨てならないことを言うね。お固い別当殿が、きみに何かしたっていうのかい?」
花梨は、「しまった!」というように両手で口を押さえた。
幸鷹も、困惑気味に「…神子殿?」と、問い掛ける。
沈黙。
「あ、あの、そうじゃなくて」
耐えかねた花梨は、両手をブンブン振りながら必死で説明した。
「ひ、翡翠さんも幸鷹さんもすごくいい声だから、そばで囁かれるとそれだけであの、心臓がどうにかなりそうになるんです!!」
「やっぱり囁いたのかい」
翡翠がジロリと幸鷹をねめつける。
「…………」
幸鷹は必死に、これまでの記憶を辿っているようだった。
ますます事態がこんぐらかったようで、花梨は焦りを募らせる。
「ち、違うんです! 翡翠さんはわざとだけど、幸鷹さんは偶然だから、きっと覚えてないと思うし、あの、私が勝手にドキドキしちゃっただけだから、全然幸鷹さんのせいじゃなくて、べ、別に気にしないでください、本当に…!」
気づくと、目の前で翡翠が不快げに腕を組んでいた。
「……?」
「…つまり神子殿は、私より別当殿に囁かれるほうがいいとおっしゃるのかな?」
花梨の頬がカーッと赤くなる。
「ち、ちが…!」
「翡翠殿。もう、悪ふざけはその辺にして、早く札を探しに参りましょう」
ようやく幸鷹が口を開いた。
翡翠がさらに不機嫌な顔になる。
「勝ち逃げかい? 別当殿」
ふうっと溜め息をつき、くるりと花梨に向き直ると「では、神子殿」と軽く背に手を添えて幸鷹は歩き出す。
「まったく、油断のならない男だね、藤原幸鷹殿」
棘のある声が、背中に投げつけられた。
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