Whisper ( 4 / 4 )
「幸鷹さん、今日はすみませんでした」
四条の館への道を辿りながら、花梨は申し訳なさそうに言った。
札探しに興味を失った翡翠は昼前に姿を消し、そのため今日はこれといった成果が上がらなかったのだ。
「神子殿が謝られる必要などありませんよ」
微笑みながら幸鷹が答える。
「翡翠殿は、自分のお株を奪われたような気がして臍を曲げたのでしょう」
「臍……」
「ええ」
「子供だなあ……」
ぷっと幸鷹が噴き出した。
「え? あ、すみません! 私、生意気なこと言って」
くすくすと笑い続ける幸鷹を見て、花梨が焦る。
「いえ、その通りだと思いまして」
笑いながら幸鷹が言った。
こういうときの彼の表情は、本当に柔らかくて優しい。
花梨は思わず見とれてしまった。
一瞬目を伏せ、コホンと咳払いをすると、幸鷹は花梨の目を覗き込むようにして言った。
「…そういえば神子殿、私はいったいいつ、あなたの耳元で囁いたのでしょう? 懸命に思い出そうとしているのですが、いっこうに覚えがなく……」
「あ…!」
見事なスピードで、花梨の顔が赤くなる。
「いえ! 別に教えていただかなくとも問題はありませんが」
花梨の動揺ぶりに慌てて、幸鷹が言い添えた。
勢いよく左右に首を振ると、花梨は懸命に答える。
「囁かれたんじゃないんです! あの、この間幸鷹さんが具合が悪くなったときに……」
「ええ」
「あ、あの、すごく低い声で話したから」
「…はい」
「自然と顔が近づいて」
「はい」
「……」
「…こんなふうに?」
「!?」
徐々に小さくなる花梨の声を聞き取るため、幸鷹は口元まで耳を寄せていた。
顔を上げた花梨は、その距離の近さに驚いてのけぞり、後ろに転びそうになる。
「キャッ!」
「神子殿!!」
幸鷹は左手で腕を、右手で腰をとらえ、危うく花梨を抱きとめた。
華奢な身体は胸の中にすっぽりと収まってしまう。
お互い、しばらく無言で息を整えた後、ようやく口を開いた。
「あ、あぶなか…」
「お怪我は? どこか痛くありませんか? 神子殿」
「だ、大丈夫です。ごめんなさい、幸鷹さん」
「いえ、私は……」
強く引き付けた身体を離そうとして、幸鷹はピタリと動きを止めた。
「? ……幸鷹さん…?」
幸鷹は回した腕を少し緩め、花梨をきちんと地面に立たせる。
身長差17センチの花梨の視界に入るのは、彼の胸だけ。
そこに、上から柔らかな声が降ってきた。
「どうか……大切な御身なのですから、お気をつけください」
「は、はい。すみません。ドジで……」
俯きながら花梨が答える。
次の瞬間、ふわっと空気が動いた。
「?」
耳元に微かに熱い息がかかる。
「……約束ですよ」
低く甘く囁かれる声。
「!!!!!!」
これ以上ないくらい、花梨の全身が朱に染まった。
「……なるほど、本当に弱点なのですね」
その様子を眺めながら、幸鷹が感心したように言う。
「ゆ、幸鷹さん!! わかっててやったんですねっ!!??」
すでに花梨の顔はゆでダコ状態。
「申し訳ありません。どうしても実験してみたくて」
「じっ…!? もう、信じられない!! 白虎は天も地も〜〜〜〜!!!」
花梨の抗議の声と、幸鷹の笑い声が、暮れかけた空に響いた。
遠くで、寺院の鐘が時を告げる。
少し離れた築地塀の上では、2人の様子を一羽の白い鳥がじっと見つめていた。
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