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薄紅の想い ( 2 / 4 )

 


降り注ぐ陽光のような微笑み。

袖を翻す軽やかな姿。

表情がくるくると変わり、澄んだ笑い声が鈴の音のごとく響く。

誰からも慕われ、誰をも慈しむ清らかな少女。

まさに、この方は龍神の神子なのだと……

その事実を私は、少し苦い思いとともに受け止めていた。




なぜ私はこうなのだろう。

思わず溜息が漏れる。

今でも、身に余る心遣いを受けているというのに。

八葉としておそばに仕えることを許され、あの方の存在を誰よりも身近に感じることができるというのに。




(……どうか……私だけを見てください……)




幼い日のあの想いは、今も心の奥から消えていない。

母上を失い、もうそんなふうに感じることなどないだろうと思っていた。

だがあの方は……私が消し去ったと思っていた浅ましさ、身勝手さまで呼び起こしてしまわれる。




「鷹通?」

私が立ち上がると、友雅殿が穏やかに問いかけてきた。

「……少し酔ったようです。その辺りを歩いて、頭を冷やして参ります」

そう答えると、ふっと笑みを浮かべ、

「……そうだろうね」

と目を伏せる。

この方はいつも、私以上に私の感情、想いを見抜かれる。

多分、先ほどから考えていたことが顔に出たのだろう。

宴の場を離れるにはいい潮時だった。




満開の桜に囲まれた小道を、ゆっくりと歩く。

薄紅色の雲の中を漂っているようで、身体も心も輪郭を失っていく気がした。

(身勝手な願いなど抱いてはいけない)

もう一度自分に言い聞かせる。

(もう十分なのだ。これ以上を求めるのは醜く歪んだ行為でしかない)

目を固く閉じる。

(……あなたを……私だけのものに……など……)




「鷹通さん!」

声とともに、背中に軽い衝撃を感じた。

驚いて顔だけ振り向くと、神子殿が息を弾ませて抱きついている。

「み、神子殿!?」

「だめ、鷹通さん、行っちゃだめ……!」

「……行く?」

回された腕にギュッと力がこもる。

「行かないでください!」

「神子殿……!」




ぬくもりを背中に感じながら、私はその場に立ちすくんだ。

必死でしがみつく少女。

薄紅の雲に遮られ、周りの景色は霞むように朧だ。

やがて神子殿の息が整い、回されていた手が少し緩むと、私はなるべく穏やかな声で呼びかけた。

「神子殿」

「ご、ごめんなさい……」

するっと腕が落ちる。

私はようやく身体の向きを変えた。




「大丈夫ですか?」

うつむいた神子殿の顔を覗き込むように、身をかがめる。

真っ赤な顔をひとつコクンと振ると、今度は正面から私に抱きついてきた。

「神子殿……!」

「鷹通さんが、消えてしまいそうだったの。怖かったの。だから、私……!」

涙声になっていた。




落ち着かせるため、神子殿の背中をそっとさする。

「私は消えたりいたしませんよ、神子殿。あなたの八葉ですから。
ともに京を守る役目を果たさせていただきます」

「!」

急に神子殿が顔を上げたので、私は思わずたじろいだ。

じっと見つめられて、居心地が悪くなる。

「……神子殿?」

「……私……鷹通さんは、3つしか違わないのに、すごく大人なんだって思っていました」

何を言おうとしているのかわからず、無言で見つめ返す。

「……でも、鷹通さんが普段見せている微笑みは、本当の気持ちじゃないんだって
……何かを我慢したり、耐えたりしている顔なんだって、わかってきたんです」

「!」




私……が……?

我慢したり、耐えている……?




「失礼なことを言ってごめんなさい。
でも、私……だんだんそういう顔を見るのがつらくなってきて……」

「……神子……殿」

再びうつむいてしまったうなじを見つめながら、自問自答する。

私はこの方に、いったいどんな表情を見せてきたのだろう。




「……神子殿、どうか……お顔をお上げください」

しばらくためらった後、私は声をかけた。

不安そうな瞳がゆっくりと応える。

安心させたくて、微笑んでみせるが、そもそもこの表情が問題の根源なのだと気づいた。




「その……もし……私がそのように見えるのでしたら、本当に申し訳ございませんでした。
自分ではよくわからないのですが……おそらく、私の未熟さが神子殿のお心を煩わせたのでしょう」

「そ……! 鷹通さん、私、謝ってもらいたいわけじゃ」

言い募ろうとする神子殿をそっと手で制する。

「いいえ。そう指摘されたのは、神子殿が初めてではないのです。
どうも私は……自分で思っているよりもずっと頼りなく見えるようです。
そう……きっとあのときの母も、神子殿と同じ気持ちだったのでしょう」




私はすぐそばに立つ桜の樹を仰いだ。

御室桜は背が低く、遥かに見上げるほどの大樹はない。

それでも幼いころの私は、自分が薄紅色の室に閉じ込められたような気がしたものだ。




「……お母さん…?」

「ええ。先ほどお話しした、幼いころ。
兄たちや、大勢の女房とこの場所を訪れたときのことです……」








 
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