遙かゆかりのスポット巡り

敦盛さんお誕生日おめでとう!特集

熊野本宮大社(和歌山県田辺市)

 

 
熊野本宮と言えば、敦盛さんとの手つなぎ!
ですがその前に、熊野三山の首位を占め、全国の熊野神社の総本宮となっている本宮大社をご紹介しましょう。

上が、向かって左手にある第一、第二殿速玉大社の主祭神である速玉之男神熊野牟須美神(イザナミ大神)を祀っています。
下は、向かって右手にある第三殿第四殿。こちらは本宮大社の主祭神である家都美御子大神(スサノオ尊)・天照皇大神を祀っているそうです。

丹塗りが鮮やかな熊野那智大社熊野速玉大社とは対照的に、桧皮を生かした素朴な造りの社殿で、京都の新熊野神社も同様の構造をもちます。

敦盛さんが夜に笛を吹くシーンでは、この建物が背景に描かれていましたね。

 

上の写真の左側、第三殿は証誠殿と呼ばれていますが、都で凶事が続いた際、平重盛はここに籠って夜を明かし、祈り続けたそうです。
その際、「もし父、清盛の悪行が原因ならば、自分の寿命を縮めて償う」と誓ったところ、灯籠の火のようなものが重盛の体から出て、すぐに消えたとか。
重盛はその後ほどなくして病没しました。
    
 

上の本殿の手前にある神門(上左)と、本宮大社正面の鳥居(上右)。

熊野三山はいずれも八咫烏(やたがらす)をシンボルとしています。
日本サッカー協会のマークにも採用されているこの鳥は、神武天皇が東征する際、熊野の地で迷ったのを道案内したと言われているんですね(『遙か4』ではサザキのペットとして、やはり千尋ちゃんたちを導いています)。

三本の足は、実は熊野三党と呼ばれた有力な一族(宇井・鈴木・榎本)を表しているとか。
全国の鈴木さんのルーツはこんなところにあったんですよ〜。

この八咫烏を図案化して描かれているのが熊野牛王宝印と呼ばれる護符です。
お守りとしてだけでなく、大切な誓約を書き記すのにも使用されました。
ここに書かれた内容は、熊野権現に誓ったことになるため、破ると命を落とすと信じられていたそうです。

    

実は、もともとの本宮大社は、熊野川音無川岩田川の3つの河川の合流点にある大斎原(おおゆのはら)という中州にありました。
1889年8月の水害で社殿が流されてしまい、その後、高台に移されたそうです。
確かに、現在の位置にあったら熊野川が氾濫していても本宮に行けますからね〜。
上左の写真は、現在の大斎原。日本一大きい鳥居が立てられています。

なお、この写真は中辺路にある伏拝王子から撮影しました。
まだ大斎原本宮大社があったころ、参詣に訪れた人々はここから初めて本宮を望み、ありがたさに伏して拝んだそうです。
徒歩が主たる移動手段だった時代には、それほどにうれしいことだったのでしょうね。

『遙か4』では、この熊野本宮大社あたりを熊野の磐座としているようです。