鷹通さんのお誕生日 ( 3 / 3 )
「……鷹通さん?」
酔いを覚ますため、庭に出ていた鷹通にあかねが声をかける。
夜空を見ていた後ろ姿が、ゆっくりと振り返った。
「あかねさん」
「大丈夫ですか? 気持ち悪かったりしない?」
「……京にいたころは、友雅殿の酒宴のお相手も務めておりましたから。
このぐらい、大丈夫ですよ」
それを聞いて、あかねは安堵のため息をもらした。
つっかけていただけの靴を履き直し、鷹通の横に並んで立つ。
「お月様、出てますね」
「はい。冬の月はことのほか美しいですね」
「…………」
「…………」
「……京……のこと……、思い出してたんですか……?」
何度かためらった後、あかねは遠慮がちに問い掛けた。
「……ええ。思い出しておりました」
やっぱり……とうなだれる彼女の手を、鷹通がそっと握る。
「神子殿。私は京で、こんなに温かい『家族』に囲まれたことなど、一度もなかったのですよ」
「!」
見上げた鷹通の顔には、柔らかい微笑みが浮かんでいた。
「身分やしきたり、体面などのため、京での『家族』はどうしても歪んでしまいます。
子が父母のもとで育つというごく自然な形さえ、なかなか実現することはできないのです」
「鷹通さん……」
「私は……あなたという方を得るため、すべてを捨てたつもりでおりました。
けれどあなたは、京でも得られなかったものを私にくださった。
何とお礼を申し上げればよいのか……。本当にありがとうございます」
「そんな! そんなこと……!」
「私が宴席を抜け出したのは……危うく泣きそうになったからですよ。うれしくて」
「!!!」
その言葉を聞いて、あかねは思わず鷹通に抱きついた。
「鷹通さん……!」
「ありがとうございます、あかねさん」
無言で顔を左右に振るあかねを抱き締め、柔らかな髪を指で梳く。
「誕生日とは……素晴らしいものなのですね」
「……!」
涙で濡れた顔を上げると、あかねは切れ切れに言った。
「……お、お誕生日……おめでとう…ございます、鷹通さん」
「ありがとうございます」
* * *
「……結構早くお嫁にいっちゃうかもしれませんね、うちの娘」
「大事にさせていただきますよ。女の子の孫もかわいいものですから」
「まあ、うちに娘ができるのね!」
「え? じゃああかねちゃん、僕のお姉さんになるの?」
「詩紋が蘭とくっつけば、お前、俺とも兄弟だぞ」
「ちょっ…! なんでそこに私が出るのよ! だいたいこんな小さい子」
「ガーン」
「詩紋は大きくなりますよ。この子の父親も高校のときに一気に伸びましたから」
「お母さん、そもそも詩紋と蘭さんはつきあっているんですか?」
カーテンの影で交わされている、そんな会話も知らずに、鷹通とあかねはお互いをしっかりと抱き締めていた。
京と同じ、冴え冴えとした美しい月の光の下で。
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