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鷹通さんのお誕生日 ( 2 / 3 )

 



冬空を見上げて、鷹通はふうっとため息をつく。

息はたちまち白く凍り、視界を一瞬遮った。

大学図書館でのアルバイトを終えての帰路。

まだ5時を過ぎたばかりだというのに、辺りはすっかり闇に覆われている。

「宴の支度は……そろそろ終わったのでしょうか」

ぽつりと呟いた。




あかねの言う「誕生日」の意味がいまひとつピンと来ない鷹通だが、彼女が自分のために一生懸命になってくれているのは素直にうれしい。

あかねだけでなく天真も詩紋も、事あるごとに鷹通を支えようとしてくれる。

自分は京で、そこまでのことができていただろうか。

そしてこれから、彼らの恩にどう報いればいいだろうか。

そんなことを考えながら、下宿先へと歩みを進めた。




笑い声。

眩しい灯火。

詩紋の家は、いつもよりずっと華やいで見える。

対照的に、鷹通が下宿している詩紋の祖父宅は闇に沈んでいた。

「どこかにお出かけなのでしょうか?」

一応インターホンを押した後、自分で鍵を開けると、鷹通は二階の自室で着替えを済ませた。




窓越しに隣家を見ながら、携帯のボタンを押す。

電話にはすぐに、息を弾ませたあかねが出た。

「鷹通さん! もう家に着いたんですか?」

「はい。まだこちらで待機していたほうがよろしいですか」

「ううん。天真くんが早くご飯食べたいって言ってます」

「それはおまえだろーが」という天真の声が後ろで聞こえる。

「では、早速伺いますね」

「はい! 私、玄関の前で待ってます!!」

「そんな必要は……」

という鷹通の言葉を聞かずに電話は切れた。

寒空の下、あかねを待たせる訳にはいかず、鷹通は急いで階段を下りる。




「鷹通さ〜ん!!」

玄関の灯りに照らされて、あかねが手を振っていた。

「あかねさん」

「うふふ、驚かないでくださいね」

「はい?」

鷹通の手を取ると、あかねは玄関を入り、リビングの扉を大きく開いた。




パンパンパン!!

クラッカーの音が鳴り響き、紙吹雪とテープが部屋中に舞う。

「!!」

「「「「「鷹通さん、お誕生日おめでとう!!」」」」」

鷹通は、目を見開いたまま扉のそばに立ち尽くしていた。

なぜなら




部屋の中にいたのは、天真と詩紋だけではなかった。

天真の妹の蘭、詩紋の祖父母と父母、そして

「おめでとうございます、鷹通さん」

「お、お母上……。なぜこちらに」

満面の笑みを浮かべて立っていたのは、以前挨拶に行った際に会ったあかねの母。

「絶対に来たいって言い張ったのよ、お母さん」

「そう。お父さんは置いてきちゃった!」

顔を見合わせて笑う二人に、鷹通は顔色を変えた。

「そ、それはいけません。お父上に申し訳ございません」




「鷹通さん、男親っていうのは複雑でね、娘の彼氏にはなかなか素直に心を開けないものなの。
だから今日は私だけだけど、大丈夫、来年には二人そろって出席するわ」

「……お母上……」

「ごめんね、鷹通さん」

あかねが申し訳なさそうに言うと、鷹通はすぐに手を振って否定した。

「とんでもないです! まさか……まさか、こんなに多くの方に祝っていただけるなどとは……想像もしておりませんでした。あかねさん、ありがとうございます」

「ううん、私じゃなくて」

「みんな自分から出たがったんだよね」

詩紋がニコニコしながら言い添えた。

「おじいさまとおばあさまは、『鷹通さんは自分の孫のようなものだからもちろん出席する』って言うし、うちの両親も『鷹通さんは息子のようなものだから』って」

「俺は蘭が来たのが意外だったけどな」

天真が言うと、

「あかねは親友よ! 天の白虎はその彼氏なんだから」

と、プイッと顔をそらした。




「もう〜、蘭、そろそろちゃんと名前で呼んでよ」

「……努力はするわ」

あかねの言葉にも顔を背けたままの蘭に、

「お越しいただいてうれしいです、蘭殿」

と、鷹通は声をかけた。

「……あなたこそ、そろそろ『殿』はやめたら」

「そうですね、……蘭さん」

蘭がほんのりと頬を染めたのを見て、天真はいや〜な予感がした。




「おい、詩紋。おまえ今度蘭をデートにでも誘えよ」

「ええっ? 急にどうしたの、天真先輩?」

「俺は泥沼の三角関係を見るのはごめんだ」

「?????」




「さあ、とりあえずは食事を始めましょう! 鷹通さん、こちらが主役のお席よ」

詩紋の母に促されて、鷹通は恐縮しながら特等席に座る。

詩紋の祖父の音頭で、未成年はお茶やジュースを、晴れて20歳になった鷹通は久々にアルコールの杯を掲げ、盛大に乾杯が行われた。

笑い声、にぎやかな会話、あかねが中心になって作った心尽くしの食事、交わしあう笑顔。

詩紋特製バースデーケーキの登場でクライマックスを迎えた宴は、名残を惜しむようにいつまでも続いた。





 
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