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ただひとつの願い ( 3 / 5 )

 



(ちゃんと食べられるだろうか?)

という心配はまったくの杞憂に終わった。

久しぶりに口にする譲くんの料理は、どれもおいしくて、懐かしくて、私は泣いたり笑ったりしながらしっかり平らげた。

眠っていた身体のいろいろな器官がようやく動き出し、「人」としてこの世界に馴染み始めた気がした。

「……何か……戻ってきたっていう感じ……」

「よかった。先輩がちゃんと食べてくれて、俺も安心しました」

譲くんがうれしそうに微笑む。




「みんなは……朔や八葉のみんなはどうしてるの?」

もっと前に聞くべきだったことを、私は口にした。

「みんな元気ですよ。あなたが戻ってきたことを本当に喜んでいます」

「そっか…」

あの空間から譲くんに助け出されて、降り立った先は秋の京邸だった。

喜びも束の間、いきなり気が遠くなって、ついさっきまで眠り続けていたのだ。




「あの……」

遠慮がちに譲くんが切り出す。

「みんな、一刻も早くあなたに会いたいんですけど、とりあえず数日は遠慮するって…」

「どうして?」

私が尋ねると、譲くんの顔がサッと赤くなった。

「そ、その……しばらくは2人きりで過ごしたいだろうから…って」

「あ……」

私も顔を赤くする。

「みんな……俺が必死であなたを探していたことを知っているから、気をきかせてくれてるんだと思います。この半年、俺は他人のことなんて考えている余裕がなかったのに……」

「譲くん……」




カタンと箸を置きながら、私は身を乗り出した。

「あのね、私、こっちに戻れたら絶対にやりたいって思ってたことがあるの。明日、それをやってもいいかな?」

「何ですか?」

「お弁当を持ってね、譲くんと2人で平和になった京を散歩するの!」

「!!」

譲くんの表情が強ばったことに気づかずに、私は続けた。

「青い空の下で、花を見たり、木立の中を歩いたり、市で買い物したり…。朝から出掛けて、のんびり歩いて、お昼になったら川の土手に腰を下ろして、お弁当食べて……」

突然抱き締められて、言葉は途中で虚空に消えた。

「ゆ…譲くん?」

「…そんなこと……そんなこと望んでたんですか…?」

彼が何を言いたいのか分からず、戸惑いながら私は続ける。

「う、うん…。もし1日だけでも戻れたら、そんな風に過ごしたいなって…」

「…あなたって人は……!」




譲くんが黙ってしまったので、私はそのまま彼に身を預けていた。

長い沈黙だった。

やがて、ゆっくりと彼が語り出す。

「……あなたはもっといろいろ望んで…いいんだ…! 縁もゆかりもない世界を守るために、戦場に立って、傷ついて、最後にはその身まで捧げて……! あなたは、お人好し過ぎますよ! 先輩…」

最後は涙声になっていた。

彼の背中にゆっくりと手を回す。

「でもまた、譲くんに会えたよ…。私は、ほかのことなんて何も望まないもの。一番の望みが、かなったんだよ…」

「…先輩……」

どちらがどちらを慰めているのかわからないまま、私たちはお互いの背をさすり、労り合っていた。






 
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