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ただひとつの願い ( 2 / 5 )

 



驚いて、一瞬硬直した後、すぐに譲くんの力強い腕が肩に回された。

「先輩」

ぎゅっと、痛いほど抱き締められる。

「…お帰りなさい」

「もう、離れないからね。絶対、離れないからね」

「ええ。絶対に離したりしません」

「そばにいて。私、譲くんのそばにいたいの」

「俺はあなたのそばにいます。いつでもずっと」

「会いたかった…!」

「先輩……!」

がくんと譲くんの頭が下がり、頬と頬が触れ合った。

「…どんなに……どんなに会いたかったか…」

耳元で少し掠れた声が響く。

頬に熱さを感じる。

自分の物ではない涙。




「…探して、探して、この世界にもう、あなたはいないのだとわかったとき……死んでしまいたかった……」

「譲く…!」

私の言葉を遮るように、腕に力をこめる。

「……できるわけない。あなたがすべてを捨てて守ってくれた命を…。でも、つらかった……死ねないのなら、狂ってしまいたかった…」

「譲くん…」

肩が震えていた。

しばらく、言葉が途切れる。

譲くんはもう一度しっかりと私を抱き締めた。

「…あなたに……会いたかった……!」

心からの想いを込めた言葉。

彼が味わった絶望の深さ、傷の大きさを知り、涙が止めどなく流れ出す。

半年と言う長い時間、私を探し続けてくれた人。

「ゆ、ゆず…」

感謝を伝えたくて、必死で目を見上げる。

うまく言葉が出ない。

譲くんは私の頬を、両手で包んだ。

「…先輩……泣かないで…」

「…無…理……」




少し困ったように微笑むと、彼はゆっくりと身体を傾け、私の目元に唇で触れた。

順番に、右、左…。

それから、私の額。

再び彼の瞳が近づいてきたので、自然と目が閉じる。

次の瞬間、ふんわりと唇が重なった。

いつのまにか、涙は止まっていた。




温かい。

触れている場所はほんの少しなのに、全身の神経がそこに集まっているみたい。

柔らかくて優しい感触に、私はうっとりとした。

譲くんの手が髪の中に差し入れられ、愛おしむように髪を梳く。

「…先輩…」

甘い囁き。

「…あなたが好きです……誰よりも……」

頭がしびれるような気がした。

「…私…も……」

少しでもそばにいたくて、広い背中に手を回す。




茵にゆっくりと倒れ込んで、しばらく口づけを交わしていたが、唇が首筋に移ったところで、はっと息を呑む声が聞こえた。

目を開けると譲くんが身体を起こして、申し訳なさそうな顔で見ている。

「…すみません。あなたに無理をさせてしまって」

「? 大丈夫だよ?」

「いや、ここでやめておかないと、無理をさせることになりますから」

「え…?」

「いえ、その、気にしないでください」

譲くんが赤くなって、外していた眼鏡をあわててかけた。

しばらくして私も言われた意味に気づき、赤くなる。




「…ご飯、作っておいたんです。食べられそうですか?」

「…あ……」

あまりに長い間、あの空間をさまよっていたので、そういう感覚もなくなっていた。

胃のあたりに手をあてて、

「…多分」

と答える。

「無理しなくてもいいですよ。とりあえず、運ぶだけ運んできますね」

譲くんは立ち上がりかけて、私の心細そうな顔に気づき

「すぐに戻ってきますから」

と微笑んで、軽くキスしてから部屋をあとにした。






 
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