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視線の先 ( 6 / 6 )
それからの鷹通さんは、私がどんなに哀願しても聞く耳を持たなかった。 これまで私が話してきた元の世界のあらゆることを、鷹通さんはしっかりと記憶にとどめていて、そのひとつひとつが私の幸福を約束しているのだと、京で同じものを求めることはできないのだと、逆に私が諭された。 ともに怨霊を封印し、札を集め、私の視線の先には常に彼がいるのに、別れの日は刻一刻と迫っていた。 もう、あの日のように私に触れることすらない。 鷹通さんは確かに、何かを選び終えてしまったのだ。 私の幸福のために。
「神子殿っ!!!」 悲痛な叫び声が、大きな力に呑み込まれそうになっていた私の意識を呼び覚ました。 「待ってください!!!」 視線の先には鷹通さんの姿。 やっと言ってくれた。私を引き止める言葉。 うれしさとともに、感情と感覚がよみがえってくる。 ずっと待っていたその言葉に、その眼差しに向けて、私は身を躍らせた。
桜の花びらが舞い散る石畳の並木道。 車の音が遠くに聞こえるだけのこの場所は、私のお気に入り。 ピンク色の靄に包まれていると、異世界への扉がまた開きそうな気がする。 あれからもう1年……。 ふわりと身体を翻して、今はまとっていない水干の感覚を思い出す。 瞳を巡らした先で、まぶしそうな微笑みを浮かべているのは……。 「よく、そうして袖を翻していましたね」 やっぱり届いていた、私の想い。
花びらの降る中、鷹通さんが私の傍らを歩いている。 今はもう、本人も私も何の違和感も感じないスーツを身につけて。 「切る」と言った時に私のほうが泣いてしまったきれいな髪が、陽に透ける。 「半年勉強しただけで、大検合格かよ!」 天真君が呆れるほどの早さで知識を身につけた鷹通さんは、この春から大学生。 学費免除の特待生な上に、アルバイトをして生活費も自分で稼いでいる。 「こちらの大学生より2年遅れていますからね。できれば飛び級して、早めに卒業するようにします」 サラリと言われて、私は目を白黒させた。
本当はゆっくりと大学生活を楽しんでほしいけれど、あちらの世界で12歳から仕事をしていた鷹通さんには、一刻も早く社会に出たいという思いが強い。 「それに……」 少しはにかんだ微笑みが浮かぶ。 「あなたに堂々と想いを伝えられる立場に、早くなりたいですから」 この人は……。 あの世界からたった一人でやってきてくれた鷹通さんを、私が拒むわけがないのに、いまだに「選ぶ権利はあなたにあるのです」と平気で言ってのける。 「それって、鷹通さんにも選ぶ権利があるってことですよね」 と拗ねて言うと、「いいえ」と微笑んで続ける。 「この世界に私がいるのは、私があなたを選んだからですよ」
花びらが舞う。 あのころの切ない気持ちがよみがえる。 離れたくないのに、確実に近づく別離のとき。 なぜ、あのとき共にこの世界に来るという選択肢を口にしなかったのか、尋ねてみたことがある。 「あなたの未来を縛りたくなかったのです」 鷹通さんは少し哀しげな目で言った。 「京にいてこそ、私はあなたのお役にも立てたでしょうが、異世界では逆に枷となってしまうかもしれない。そう考えると、とても言えませんでした」
その決意をあっけなく打ち砕いたのが、私が龍神とともに天に昇って行く姿だったという。 悲痛な声に呼び戻された私が目を開いたとき、 「あなたを失っては生きて行けない」 と、見たこともないほど取り乱した鷹通さんが告げた。 だからともに…という言葉の半分で私は気を失ってしまったけれど……。 「肝心なところで激情に負けてしまうのが私の悪い癖で……ただ、それはいつも新たな扉を開いてくれますから、そう捨てたものではないのかもしれません」 鷹通さんは後で、照れたようにそう言った。
この桜の花びらがすべて散り、新緑が木々を飾り、やがて黄金色の紅葉の季節が訪れても、私の視線の先にはいつも、あなたがいるだろう。 受け止めるように、うなずくように、ときに優しく、ときに力強く。 喜びをともにし、哀しみを分かち合う真摯な眼差し。 遙かなる時を超え、巡り会えたその瞳に、私は永遠に魅了され続ける。 痺れるような幸福感とともに。
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