深海の光 ( 2 / 2 )
予想外の反応に、忍人さんが戸惑う。
「……なぜ、そこで赤くなるんだ」
「………」
「いや、いい。君が言いたくなければ」
そう言って立ち去ろうとする袖を、夢中でつかまえる。
「!」
黙ったまま、必死で首を左右に振った。
「……二ノ姫…」
「ちが、違います…」
やっと言葉がでてきた。
「………」
「私……さ、淋しくて……」
「……? 淋しい?」
「その……忍人さんはすぐに行っちゃうから…」
「俺が?」
「必要なことだけ言うと、すぐにいなくなっちゃうから…」
「……………」
「ごめんなさい! だから忍人さんのせいじゃないんです! 気にしないでください!!」
今度は私のほうが逃げ出そうと背中を向けた。
が、難なく彼に腕をとらえられてしまう。
「!」
「……………」
私の腕をつかんだまま、忍人さんは何も言わない。
いたたまれなくて、ますます真っ赤になってうつむいた。
「……俺はどうすればいいんだ?」
沈黙の後、忍人さんが言う。
「べ、別に、どうも……」
「必要なこと以外に、何を言えと?」
「だから、気にしないでください。私が勝手に…!」
静かに腕を引かれて、二人の距離が縮まる。
「俺はそういうことに気が回るほうではない。言ってもらわねばわからない」
「私もわからないんです! でも……」
息を吸い込んで、思い切って口にする。
「でも、忍人さんが背中を向けると、すごく淋しくなっちゃうんです」
「……………」
絶対にこんな言い方しても伝わらない!
私はそう確信した。
彼の手が肩にかかり、ゆっくりと身体の向きを変えられる。
顔を正視することなどできなくて、私はひたすらうつむいた。
「二ノ姫」
「ごめんなさい!」
「……これでいいのか」
「え……?」
「俺は君の前にいる。これでいいのか?」
見上げると、少し困ったような顔で彼が見つめていた。
深い深い色の、深海の瞳。
「……………」
「…二ノ姫?」
「……はい」
「いいのか?」
「は、はい…」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……なぜ…笑う?」
「うれしくて…」
ひとつ溜息をつくと、忍人さんが言った。
「君は、本当に変わっているな」
「そ、そうですか?」
「たいていの人間は、俺ににらまれると尻尾を巻いて逃げ出す」
「今の忍人さんは、にらんだりしてませんよ」
「…君をにらむ理由がない」
「! よかった…!!」
ついに、忍人さんがクスッと笑った。
失笑という感じだったけれど。
「…とにかく、君の気が済んだのなら俺は行く」
「はい…」
すっと彼の手が私の頬に添えられた。
「!!??」
「また顔が曇った」
「す、すみません」
「俺が君のそばを離れられるよう、なるべく笑っていてくれ」
「…はい…」
一生懸命微笑んでみせると、彼がもう一度笑ってくれた。
今度はとても柔らかく。
温かく。
普段の表情とのあまりのギャップに、呆気にとられ、私は口を開けたまま後ろ姿を見送った。
深海に射す曙光のような笑顔。
まぶしく穏やかな微笑み。
これからも、時々はあんなふうに微笑んでくれるだろうか。
「か、風早!」
今見たのが現実の光景だと確認したくて、風早の姿を探す。
(忍人さんの笑顔は、とってもきれいだったよ)
(昔から、あんなふうに笑ったの?)
次々と溢れ出す言葉や疑問を一刻も早くぶつけたい。
木陰から姿を現した長身の影に向かって、私は駆け出していた。
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