聖地を訪れた日 ( 1 / 2 )

 



聖地の空は今日も晴れ渡っている。

自慢の愛馬に跨って、宮殿への道をたどっていたオスカーは、道端で立ち往生している馬車に気づいた。

「どうした? 溝に車輪を取られたのか?」

「こ、これは炎の守護聖様! はい、その拍子に車軸が折れてしまったようで、何とも仕様がなく……」

御者と、宮殿の官吏たちが数人、バラバラと馬車を取り囲んでいた。

車体が大きく傾き、車輪がその下で斜めに潰れている。

「そうか。では、俺が宮殿の厩舎に知らせて、人をよこしてやる。しばらく待って……」

ふと馬車の向こうに目をやった彼は、言葉を途切れさせた。

そこに、儚げな人影が佇んでいたからだ。

水を映したような淡い色の服に、サラサラと流れる銀青色の髪がこぼれている。

抜けるように白い肌に、深く蒼いうつむきがちな瞳。

考えるよりも先に馬を降り、手を差し伸べていた。

「馬車の修理にはまだしばらく時がかかるようだ。美しいお客人は俺が宮殿まで送り届けよう」

「お、オスカー様!」

動揺する官吏たちを尻目に、オスカーはぐいっと「水色の君」に近づいた。




「レディ、聖地の風は心地いい。馬上でこのオスカーとともに楽しむのも一興だと思うが」

「は、はあ? あ、あの、わたくしは」

「では、失礼」

問答無用で抱き上げると、馬上へ。

「!?」

「それで、このレディは誰のもとにお送りすればいいんだ?」

自らもひらりと馬に乗ると、オスカーは官吏たちに尋ねた。

「首座の守護聖様ですが、お、オスカー様、その方は……!!」

「レディのことはレディに伺うさ。では、助けが来るまでもう少し待っていろ!」

脇腹を蹴るまでもなく、炎の守護聖の愛馬は風のように軽やかに走り始めた。

「オスカー様!」

後ろからの声に振り返ることなく、オスカーは馬を進める。

道の両側に広がるのは、色とりどりの花々が咲き、うららかな陽光が降りそそぐ草原。

前に乗せた「水色の君」の髪が、時折オスカーの頬をくすぐった。

「さあ、まずは君の名前から聞かせてもらおうか。俺はオスカー。さっき聞いたとおり、炎の守護聖を拝命している」

支える腕に力を込め、耳元で囁くように言うと、前に乗る人物の身体が強ばるのがわかった。

オスカーはクスリと笑う。

「守護聖と言っても緊張する必要はないさ。ご覧のとおり、君に魅せられている普通の男だ」

「わ、わたくしはリュミエールと申します。聖地に召されて、今日初めてこの地に参りました。あの……水の守護聖を……拝命するために……」




「…………」

カポカポと蹄鉄が土を蹴る音がリズミカルに響く。

「……それは何かの間違いだろう。俺の知る限り、守護聖には男性しか選ばれない」

「はい。そのとおりです」

小鳥たちがチチチと歌いながら頭上を飛んでいく。

「……だからそれは何かの間違いだろう」

「いいえ。わたくしは正真正銘の男性です」

「…………」

やがて、荘厳な白亜の宮殿が視界に入ってきた。

リュミエールは息を飲み、微かに震える。

オスカーは混乱した頭を抱え、無言のまま馬を宮殿の正面へと進めた。




「オスカー様!」

炎の守護聖の姿を見て、従者たちがバラバラと走り寄ってくる。

「オスカー様、馬をお預かりいたします」

「ああ、こちらの方を送ってきた馬車が、途中で立ち往生している。車軸が折れているようだから、大人数で助けに行ってやってくれ」

馬から身軽に飛び降り、従者に手綱を渡しながらオスカーは言った。

振り返って一瞬ためらった後、リュミエールに手を差し伸べる。

「!」

「馬にはあまり慣れていない様子だからな。手を貸そう」

「……ありがとうございます」

両手で支える細腰は、「男性」と断言されてさえ儚げで、オスカーは紛らわしい神の造形を心の中で呪った。

「ジュリアス様……首座の守護聖様の執務室までは俺が案内する」

「あの、身支度を整える必要は……」

「荷物を載せた馬車が着くにはかなり時間がかかるだろう。それまであの方をお待たせするわけにはいかない」

「は、はい……」

心細げな横顔に慰めの言葉をかけたいという気持ちと、大の男が何をビビっているんだ! と叱咤したい気持ちを同時に抱えながら、オスカーは大股に宮殿に向かう。

純白に輝く美しい宮殿に飲みこまれるような恐れを感じつつ、リュミエールもその後に続いたのだった。