さびしんぼ ( 2 / 4 )
コトコトコトコト
土鍋の蓋がたてる穏やかな音。
温かな湯気と、低い声で交わされる会話。
まだ眠ってはいけないと思いながら、目蓋が重くなるのを止められなかった。
穏やかな安らぎが、身体全体を包んでいく……。
「……眠った……かな?」
「……そうですね。呼吸が規則的になっていますから」
「おかゆができるのが待てないくらい、弱ってるんだ。かわいそうに」
ダイニングテーブルのところからソファを眺めながら、望美がつぶやいた。
「……考えてみると、あんまり兄さんのこういう姿って見たことありませんね」
紅茶とミルクをカップに注ぎながら、譲が応える。
「はしかとか水疱瘡とか、大体同じタイミングでかかっていたから、
俺も自分の病気を治すのに精一杯だったし」
「あ〜、私もタイミング同じだったよね。
三人ともいっぺんに寝込んでたから、将臣くんが病気のところって、ほとんど見たことないんだ」
いつも一緒にいたから、病気になるのも全員一緒。
母親たちは「面倒なんだか、便利なんだかわからない」と嘆いていた。
「でも一度だけ、将臣くんが旅行先で風邪ひいちゃったことあったよね」
望美の言葉に譲は首をひねる。
「そう……でしたか?」
「うん、海のそばの保養所みたいなところに行ったとき、
明日は帰るっていう夜に将臣くんが熱を出しちゃって」
「あ! 思い出しました」
そろそろ夕食という時間。
それまでは、有川家が宿泊する部屋で二家族そろって食べていたが、寝ている将臣の邪魔になるからと、望美の家族が自分たちの部屋に引き上げようとした。
すると
「俺はどんなにうるさくても眠れるから、そんなの必要ない!」
熱で紅潮した頬で、当の本人が言い張ったのだ。
有川の両親が説得しても頑として聞かず、結局、全員が将臣の布団の傍らで夕食をとることになったのだが……。
「……あれって……兄さんなりに気を遣った……ってことだったのかな?
本人は本当にグーグー寝てましたけどね」
「う〜ん、もしかすると……」
望美は眠る将臣の横顔に視線を飛ばす。
「? 先輩?」
「……将臣くん、寂しがりやなんじゃないかな。だから具合が悪くても、みんなのそばにいたかったとか」
「まさか! 一人でどこにでもフラフラ行っちゃう人ですよ」
「でもね、あっちの世界では平家の人たちを懸命に守ろうとしていたでしょ?
だから本当は家族や仲間をすごく大切にして、できるだけ一緒にいたいって願うタイプなんだと思うの」
「…………そう……なんでしょうか……」
譲はあらためて、兄の寝顔を見た。
いつでも自信たっぷりで、三人のリーダーで、自由気ままにあちこちに出かけて、たくましくサバイバルすることができる……。
視線を望美に戻すと、いきなり彼女が涙ぐんでいるのに驚いた。
「先輩?!」
「あ、ごめん。なのに一人で異世界に放り出されて、すごくつらかっただろうなって思って……」
「……先輩は本当に……優し過ぎますよ……」
向かい合って座っていた席から立ち上がると、譲は望美の隣に腰掛け、涙を拭った。
「譲くん、将臣くんは本当に苦労して、やっと家族のそばに戻れたんだから、ちゃんと優しくしようね。
絶対に寂しがらせたりしないようにしようね。できるだけ一緒にいようね」
目を赤くしたまま、望美が主張する。
「はい、わかりました」
「私たちより三年分歳食っちゃったから、ちょっとおじさんっぽくなってても、そういうのには気づかないフリしてあげようね!」
「は、はい。……って、なってますか?」
「なってるよ! だから、そのせいでのべつダルそうにしてても、二人で助けてあげよ……キャッ!!」
突然、枕が飛んできて望美の椅子の背を直撃した。
「先輩!」
「誰がおじさんぽいだ! 人をネタにいちゃつくだけじゃ足りないのか、お前らは!!」
「ま、将臣くん?! 起きてたの?!!」
ソファの上にむっくり身体を起こした将臣は、毛布と布団を抱えて不機嫌な顔でリビングを出て行こうとする。
「兄さん、待てよ」
「待って、待って! せっかく起きたんならちゃんとおかゆ食べて!」
「いらねえよ」
「だってさっきからものすごくいい匂いしてるんだよ!!」
「食欲なんてねえよ!」
「そんなこと言わないで! 譲くんが作ってくれたんだから絶対に絶対においしいって!!」
断言した望美のおなかが、ぐうーーっと大きく鳴った。
「…………あ」
「…………先輩」
「望美、おま………」
「「「…………」」」
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