おあいこ ( 5 / 5 )
「こ~のバカップル! 八葉を四人も巻き込んで夫婦ゲンカしやがって! いい加減にしろ!」
ゴン! ゴン! と、将臣が譲と望美の頭をげんこつで叩く。
「いった~い!! 将臣くん、手加減してない~!!」
黙って耐える譲の横で、望美が不満そうに言った。
「当たり前だ! 一発で済ませてもらって感謝しろ」
パンパンと手を叩いて背を向ける将臣に、望美はイーッと舌を出す。
「……なるほど。将臣くんの前だと、望美さんはぐっと快活になりますね」
弁慶が感心したように言った。
「ガキっぽくなる……の間違いだろ。こいつ、俺には何やっても許されると思ってるんだから」
「思わないも~ん! 譲くんのほうが寛大だも~ん!」
「……あの……2人とも、少しいいだろうか」
ぎゃあぎゃあ言い合いを続ける将臣と望美に、敦盛が遠慮がちに声をかけた。
「? どうしたんですか、敦盛さん」
「おう、何だ。言ってみろ」
2人が動きを止めたのを見て、敦盛は口を開く。
「……あの……私は、ここに残ろうと思う……」
「……えっ?」
望美が硬直した。
朱雀の2人も思わず敦盛を見る。
急に場が静まりかえった。
目を伏せた敦盛が、控えめに言葉を続ける。
「ここには……私でも役に立ちそうな仕事がたくさんある……。自ら弓をひいた平家への罪滅ぼしとして……この集落のために働きたいと……そう、思ったのだ……」
「……敦盛」
「どうか、私からもお願いいたします。将臣殿」
傍らにいた経正が言い添えた。
将臣は一瞬沈黙した後、敦盛の正面にどっかりと座った。
「わかってるだろうが、決して楽な暮らしじゃねえぞ」
まっすぐ瞳を見て言う。
「ああ。一門のための苦労なら、喜んでこの身に受けよう。私がこの世界にまだ長らえている意味を、ここでなら少しは見いだせると思うのだ」
「………」
その場にいた全員が、敦盛の言葉の重さを受け止めた。
「ま、永久の別れってわけでもなし、それも一つの選択肢だろうね」
ヒノエがわざと軽い口調で言う。
「そうですね。僕たちの計画がうまく進めば、こことの行き来も増えるでしょうし」
「計画?」
望美が弁慶の言葉に振り向いた。
「ええ。宋との貿易の中継地として、この集落を利用できないかと思っているのです。それに、将臣くんの案が実行できれば、新たに産業を興すこともできますし」
「兄さん、産業って……」
今度は譲が、将臣のほうを見た。
「うまくいくかはまだわからないんだぜ」
将臣が頭をかきながら答える。
「だが、中国から苗をもってこられれば、サトウキビを栽培できると思うんだ。砂糖がないこの世界じゃ、金にも匹敵する価値があるからな」
「サトウキビ……! あ、修学旅行のとき、畑を見学したよね」
望美が声を上げる。
「そ。中国南部から伝わった……とかいうアバウトな記憶しかねえけど、貿易のついでに探してもらおうと思ってな」
そこまで聞いて望美は、この旅行が決して夫婦ゲンカのとばっちりだけではないことを知った。
行きの船の中でも、弁慶とヒノエが盛んに小舟を出して、瀬戸内の情勢を探っていたのには気づいたが、旅の目的地であるこの場所についてもさまざまな思惑があったのだ。
「……転んでもただでは起きない……」
「何ですか? 望美さん」
「何だって? 姫君」
思わず呟いた言葉に、朱雀の2人が満面の笑顔で答えた。
「い、いえ。さすがに熊野別当と九郎さんの軍師だなあと思って」
「おほめの言葉と受け取っておきますよ」
弁慶がにっこり微笑む。
譲は無意識に、望美の肩を引き寄せていた。
* * *
現地調査と将臣との打ち合わせのため、弁慶とヒノエはもうしばらくこの地に残ることになった。
「譲が乗ってきた船なら、1週間もあれば京まで帰れるぜ。2人で乗っていくといい」
ヒノエがそう勧めてくれたので、譲と望美は帰りの支度を始めた。
ほんの3日間の滞在だったが、将臣が平家の人々を率いて、この地で新しい暮らしを始めようとしていることがよくわかった。
そのたくましさと明るさ、前向きな姿勢は、還内府時代よりずっと将臣らしい。
望美の世界では海の藻くずと消えた二位ノ尼、安徳天皇、その他の人々が、つましいながらも楽しげに暮らしているのが何よりうれしかった。
* * *
出発の朝。
集落のほとんどの人間が見送りに出ていた。
弁慶・敦盛・ヒノエもその中にいる。
望美と譲は将臣の前に立って、別れを告げていた。
「将臣くん、本当にありがとう。また会いにくるから、元気でいてね」
涙ぐむ望美に照れたように
「もう家出はごめんだぜ。来るときは譲と一緒に来いよ」
と釘を刺すと、譲に向かってウインクしてみせた。
「ありがとう、兄さん。今度は必ず2人で来るよ」
譲が少し頬を上気させて答える。
「オレは、姫君の家出ならいつでも手伝うけどね」
「ヒノエ、後で船の上から射殺されますよ」
優雅な詩でも語るように、弁慶が物騒なことを言ってのける。
そして少し身を乗り出し、望美にこう問いかけた。
「それより望美さん、『おあいこ』のほうはどうするんですか?」
「あ、それは……」
もういいよ……と望美が手を振って言う前に、横にいた将臣が
「なんだ。まだやってなかったのか」
と、ひょいと腰を抱き寄せ軽く口づけた。
「「「「 !!!!!!!!!!!!!! 」」」」
「ほら、これで心置きなく帰れるだろ。まったく、くだらね……? お、おい、お前ら、何だ、その武器は…」
揺らめくような殺意をまとった3人が、武器を構えてじりじりと迫ってきた。
「兄さんっ!! なんてことを……!!」
「将臣、てめえ、今度という今度は許さねえ!!」
「将臣くん、平家の皆さんには気の毒ですが、息の根を止めさせていただきます」
「あ、敦盛、皆さんをお止めしないと、将臣殿が……」
いきなり戦闘モードになった八葉たちを前に、経正がおろおろと言うと、なぜかじっと固まったままの敦盛が絞り出すように答えた。
「……すみません、兄上。私は、自分を抑えるので精一杯なのです。……将…臣…!」
「……殿だよ、敦盛」
将臣が望美に土下座して謝り、2人を乗せた船が桟橋を離れたのは、その日の夕方近くだったと言う。
「……っていうか、どうして俺が謝らなきゃならねえんだよっ!」
「僕たちが2週間もお預けを食っていたご馳走を目の前でさらったからですよ」
「譲の奴、今ごろ船の上で姫君を口づけ責めにしてるぜ」
「神子の心が凪いでいるといいのだが……」
船が消えた方向を見ながら、4人はいつまでも海岸に佇んでいた。
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