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「もしも」遊び ( 2 / 3 )

 



「ま〜ったく! どんだけ自虐的な遊びしてるんだ、お前らは」

熊野で再会した将臣は、呆れたようにため息をついた。

「将臣くんも一緒にやろうよ!」と、望美が「『もしも帰ったら何をやるか』遊び」に誘ったせいだ。

ここは勝浦の宿。

いまだに氾濫がおさまらない熊野川の越え方について話し合った後だった。




「だってようやく三人そろったんだよ! やり放題じゃない」

「もう向こうのことなんて忘れちまったなあ」

「オウケイだのサンキュウだの連発しといてよく言うよ」

譲に突っ込まれて、将臣は大きく伸びをした。

「考えないようにしていた時期が長かったからな。帰れるわけないと気づいたときから、そういう『もしも』は封印したんだ」

「!」

「……将臣くん」




急に沈んだ空気に、将臣は明るく言い放つ。

「おいおい、それはお前らと再会するまでの話だ。俺一人じゃないとわかったら、帰る方法を真剣に考えなきゃならねえだろうが」

「兄さん」

「そうだよ、みんなで一緒に帰ろうよ!」

「……んじゃ……ナイター!」

「「へ?」」

「煌々とライトのついたドーム球場でだな、ビール片手に野球観戦だ! やりてえだろ?」

「ビールはよくわからないけど。っていうか、将臣くんだって飲んだことないくせに」

「何だかいきなりスケールでかいな、兄さん」

「ああ、もちろんサッカーでもいいぜ。ワールドカップとか見に行けたら最高だな。あとは……真冬に波のできる温水プールでリゾート!」

「……無理やり大変なこと言ってない?」

「そんなの夏に海で泳げばすむことだろ」

「そうだ! 海といえばパラセーリングにジェットバイクも外せないな! いや、最高のぜいたくはやっぱり……冷房のきいた部屋での昼寝かあ」

「ううっ! それ絶対だよ!」

「異議なし!」

「「「暑い〜!!!」」」



* * *



「兄さん、今日はこのまま泊まっていったらどうなんだ?」

望美と朔が部屋に引き取り、残るメンバーも横になり出したころ、譲が言った。

「……そう、だな。お前ともう少し話すのもいいか」

柱に背を預けたまま、将臣は答える。

「冷ました白湯ならあるけど」

「ありがたい」

椀を手に二人で簀子縁に出ると、見事な月が輝いていた。




しばらく無言で見つめた後、、将臣が口を開く。

「夜空の美しさは、俺たちの世界の何倍も上だな」

「そりゃ、自然のものはほとんどね。海も、空も、川も、本当にきれいだ」

「なんだ、帰りたい帰りたいで目が曇ってるわけでもないんだな」

「…………」

軽口に乗ってこないので顔を向けると、真剣な眼差しとぶつかった。

「譲?」

「……兄さんは……帰るつもりがないのか」

「…………」

「さっきの『帰ったら何をやるか』を聞いてたら、帰る気があるようには思えなかった」

「……言ったろ。あきらめてた時間が長いんだ。お前たちと同じノリは無理だ」

「そういうことじゃなくて」




食い下がられて、将臣は苦笑をもらす。

「たかが遊びに、ずいぶんこだわるんだな」

「兄さんにはあきらめてほしくないんだ。俺たちは先輩を元の世界に帰さなきゃならないんだから」

「そりゃ、あいつは一人で帰るようなことはしないだろうが」

「だから……!」

「譲、それならなおさら、お前は自分を後回しにするな」

「…!」

今度は将臣の目が、譲をとらえていた。




「自分を犠牲にしても…とか、俺と望美だけは帰す…とか、そういう考え方はするな。今の口ぶりは明らかにそうだったぞ」

「………」

「何かあったのか? 不吉なご託宣でも聞いたか?」

「………」

「俺は……いくつもの絶望と戦ってきた。運命も変えてきた。変えられると信じて、そう動いてきた。だからどんな暗い未来図を描かれても、屈するつもりはない」

「……兄さんは強いから」

「ば〜か、このとおり、お前と同じ二本の手と足しかねえよ」




両手を広げると、将臣は笑って見せる。

「救い損ねた命なんぞ、数え切れないほどあるさ。だが俺は、自分が犠牲になればっていう選択肢は作らない。そんな楽な未来、俺には選べないからな」

「楽なわけないだろう! どれほどの思いをして、どれほどのものを振り捨てて…!!」

「だったら捨てるな!! 両方救う方法を考えろ!!」

「……!!!」

「『運命』なんて言葉は逃げ道だ。俺はそう思ってる」

「…………」

「あきらめるな。お前ならできる」

将臣は、譲の肩に手を置いた。




「……買いかぶるなよ」

「正しく評価してるんだ。そこを越えれば、お前の『もしも』遊びにももう少し真実味が出るさ」

「……?!」

「俺にはお前の言葉も、十分帰る気がないように聞こえたからな。自分じゃ気づいてないんだろうが」

「……そんな……」



* * *



パタパタパタととめどなく落ちる涙を、白龍が小さな手で一生懸命拭っていた。

「神子、心が痛いの? 私には癒せない?」

「ごめんね、白龍。どうしても止まらなくて」

時に肩を震わせながら、望美は泣き続けていた。

遠くなっていく自分たちの世界。

それ以上に、帰ることをあきらめていく幼なじみたちの悲痛な想い、哀しみが胸を刺した。




私は「もう戻れない」なんて絶対に思わない。

そんなこと許されない。

自分が巻き込んでしまった彼らを、これ以上不幸にはできないから。

具体的な方法はまだわからないけれど、自分のすべてを捧げてでも、二人をあの世界に帰す。

『もしも』遊びをするたびに心に刻むこの誓いを、望美は今夜も思い出していた。




「ごめんね、譲くん。ごめんね、将臣くん。絶対に帰ろう。絶対に……帰すから!」

「神子……」




白龍の手巾が乾くことはしばらくなかった。







 
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