魔法のベルが鳴るとき ~有川兄弟編~ ( 2 / 2 )
腹が減っては何もできん、という将臣のいつもの主張により、朔と共に部屋にきた望美も交えて、朝食が始まる。
集まった者たちは、それぞれ面白そうに、あるいは気味悪そうに、二人を見ている。
「譲ー、茶ーくれ」
「兄さん、少しは自分で動けよ。あと俺の姿でその恰好は止めてくれ」
着物で袖まくり、胡坐までは許容できるが、腹が見えるほど着崩しているのはどうかと思う。
眼鏡を掛けずに、崩れた顔をしているから、別人のように見える分、周りからしてみれば、まだマシというもの。。
いつもよりもきっちり着込んでいるとはいえ、あまり普段と変わらない恰好の将臣の姿の方が、奇妙だ。
文句を言いつつも、かいがいしく譲(in将臣)の世話を焼く将臣(in譲)。
はじめは気持ち悪そうにしていた望美だが、さすがというか、すぐに慣れた。
「朝はほんっとーにびっくりしたよ。将臣くんが優しげな顔で『先輩』って呼ぶんだもん。気持ち悪かったー」
「それで固まっていたんですね。気付かなくてすみません」
苦笑して言う譲に、周りは気味が悪そうにするが、望美はいいよ、と笑った。
「たくさん食べてくださいね」
「うん。味付けはいつも通り譲くんの味なんだね」
望美が嬉しそうに茶碗を差し出した。
「ええ。何度か塩加減とか湯加減とか、細かい部分で失敗しそうになりましたけど」
おかわりをついで望美に渡す。
「それでいつもよりおおざっぱな味なのか」
将臣が空の茶碗をおいて言う。
「おおざっぱって、別にそんなことないだろ」
「そう感じたぜ?」
「文句があるなら、食べるな」
「おう、もう腹いっぱい」
「え?」
三杯はおかわりをする将臣が?
まだ一杯だけしか食べていないのに。
「なんか、胃が重いんだよなぁ。お前、胃腸が弱ってねぇか?」
「言われてみれば、今日はやけにおなかがすいてる気がする。兄さんは消化が早すぎないか?」
お互いに顔を見合わせる。
「ってことは、料理の味がおおざっぱに感じたのは、お前の味覚が鋭いからか」
「何度もミスりそうになったのは、力加減がつかめなかったからかな」
「ああ、俺の方が力が強いから」
「単に兄さんがおおざっぱなだけだろ」
微妙にけんか腰の兄弟だが、それ自体はいつものことなのでスルーされる。
「でも、なんでそうなっちゃったんだろうね」
このままじゃ困るよね、と望美が言うと、隣で白龍が笑顔で答えた。
「祝福を受けたから」
まさか、答えられるとは思わなかったため、望美が驚いて白龍を見た。
当然、当事者の二人もまた、白龍に詰め寄る。
「白龍、分かるのか?」
「祝福って、何だ!?」
優しく、けれど素早く白龍に問いかける将臣と、乱暴に近づき、声を荒げる譲の図というのも、妙だ。
「精霊フミァータが、譲を気に入って祝福の音を奏でた。その音を聞いたため、こうなった」
「何で俺まで!?」
「二人は八葉で、近い存在(兄弟)だから、精霊の影響を受けやすい」
「何つー迷惑な精霊だ!」
「フミァータって、猫みたい」
譲の姿の将臣が悪態を吐き、望美がのほほんと感想を述べた。
「いつまでこうなんだ?」
「数日もすれば戻るよ。精霊の力は、人の理を捻じ曲げるほど強くはないから」
白龍の言葉に、二人はほっと安堵の溜め息を吐いた。
「んじゃ、しばらくはいつもと違う体を楽しむか」
「無茶はやめてくれよ、兄さん。戻ったとき傷だらけ、なんてゴメンだぞ」
「ほーぉ、言うじゃねぇか。だったら今この場で全部脱いでやろうか」
自分の姿の将臣が半眼で言うので、譲が焦る。
「い、いや、いいよ。それより、兄さん。何か食べたいもの、あるか?」
誤魔化すように言う譲(姿将臣)。
「なんだか、譲くんが将臣くんを脅してるみたい」
「珍しい光景ですねぇ」
くすくすと笑う、のんきな外野たちの会話を他所に、ぐったりとする譲だった。
「ゴメン、兄さん」
「何で謝るんだよ」
「だって、痛むだろ」
「そう思うなら、しっかり直せ」
譲の、今は自分の肩の手当てを受けながら、将臣が言う。
「たく、こんな傷があるくせに、働きまくってんじゃねぇよ」
「でも」
「でもも何もねぇ。せめて、傷口が塞がるまではおとなしくしてろ。てか、俺はおとなしくしてるからな」
手当てが済むと、ごろりと横になる。
「……ありがとう」
望美に言わないでくれて、と言外に告げて、将臣の体で譲は立ち去った。
将臣は眠気と体のだるさと少しだけ熱を持った肩を感じて、小さく溜め息を吐いた。
「こんなになるまで、体を酷使するんじゃねぇよ」
自分も慣れるまでは必死だったけれど、譲のそれはまた違う必死さを感じる。
何かを誤魔化すような、打ち消そうとするような。
この眠気と倦怠感は、間違いなく長期の睡眠不足だ。
胃の調子が悪いのも、傷の治りが遅いのも、そのせいだろう。
「数日でどれくらい回復するかわからねぇけどな」
なるべくおとなしくしていようと、将臣は腹をくくった。
「そっかぁ。そういう効果もあるんだ」
譲の体が休まっていると白龍が告げるので、望美が嬉しそうにする。
「譲くん、気遣いしすぎるから、たまにはいいね、こういうの」
時々あればいいのに、と無邪気に、無責任に笑う望美に、白龍が笑顔で言った。
「フミァータは譲をとても愛している。きっとタクサン祝福をしてくれるよ」
祝福の成果を知るのは、もう少し先。
次の日、何も知らずに現れたヒノエを混乱させて遊ぶ、弁慶&有川兄弟だった。
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