まどろみの中で ( 1 / 2 )

 



「さすがに、疲れた……かも」

竹簡に落としていた目を上げると、千尋はう〜んと伸びをした。

天鳥船の書庫から、柊や風早に選んでもらった「必読書」を私室に運び込み、このところずっと勉強を重ねている。

即位式は終わったものの、王としての勉強はまだまだ途上。

学ぶべきことは山ほどあった。

普段は寝る前のひとときしか使えないのだが、今日は珍しく午前中の執務がない。

昨夜から時間を気にせず、一晩中竹簡と向かい合うぜいたくを享受したものの、夜明けを前に疲労はピークに達していた。

「……ちょっとだけなら、いいかな」

そう言い訳しながら目を閉じる。

次の瞬間、まるで激流にさらわれるかのように、意識は眠りの世界に引き込まれていった。




「……ろ…」

「……んな所……風邪……」

遠い声が聞こえる。

多分、「目を覚ませ」と言っているのだろう。

しかし、手も足もあまりに重くて、どうにも覚醒することができない。

「……ね…む……」

目を閉じたまま訴えるようにつぶやくと、かすかにため息が聞こえた。

次の瞬間、ふわりと体が浮く。

(ああ、昔、風早がこたつで寝ちゃった私をこうして運んでくれたな……)

奈良の家での幼い日の思い出が、千尋の脳裏によみがえった。

温かく幸せな遠い記憶。




顔にも自然と笑みが浮かんでいたのだろう。

「……何を笑っている…?」

低い声が、驚くほどのやさしさでささやいた。

心地よいまどろみに身をまかせ、答えずにいると、指が軽く頬に触れる。

(……あ…この指、知ってる……)

大好きな人、大好きな指、大好きな声……。

再び薄れゆく意識の中で、千尋の唇は指の持ち主の名前を形づくった。

まるで羽で触れるようにそっと、温かい唇が重ねられた。



* * *



「はっ!!」

千尋が寝台で目覚めたとき、太陽はすでに中空に達していた。

「キャ〜! どうしよう!! やりたいこといろいろあったのに!!」

バタバタと身支度していると、ノックの後、風早が扉から顔を出す。

「ああ、起きたんですね。お腹がすいたでしょう。何か持ってきましょう」

「風早〜、今何時?! 午後の予定って何時からだっけ?!」

「あわてなくても大丈夫ですよ。2つほどキャンセルしたから、まだ余裕があります」

「キャンセル……?」

上衣に半分袖を通した状態で、千尋は静止する。

風早はにっこり微笑んだ。

「ええ。疲れているみたいだから、もう少し寝かせたほうがいいだろうって」

「……誰が? あ、あれ? そういえば私、机の前でうたた寝してた気がするんだけど…?」

「じゃあ忍人がベッドまで運んだんでしょう。今朝方、この部屋に寄ったはずですから」

「……ええ〜〜っ?!!!」



* * *



「休息するなら横になる、しないのなら目は閉じない。
君の休み方は中途半端だ。あれではどちらの目的も達成できない」

夕方、人けのない宮の中庭で、千尋は腕を組んだ忍人と向かい合っていた。

「は、はい。反省してます。……別に起こしてもらってもよかったんですが」

「俺が起こさなかったとでも思うのか」

「すみません! そうですよね。そういえば声が聞こえたような……」

千尋が赤面しながら答えると、忍人はため息をついて腕組みを解いた。

「君は一度寝たら起きない性質(たち)なんだろう? 
今後は眠くなったら素直に横になることだ」

「…でも、いつも寝てたら勉強が進みませんから」

「うたた寝するよりはいい」

「そ、それはそうですが……」

うつむいてしまった千尋をしばらく見つめると、

「とにかく部屋まで送ろう。臣下が王に説教しているところを見られるわけにはいかない」

と、先に立って歩き出した。

夕陽が二人の長い影を庭に落としていた。