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くしゃみ ( 2 / 4 )

 



「相変わらずかわいらしいくしゃみですね」

ギロッと恐ろしい目で睨まれても、柊はまったく怯まなかった。

「まあ、我が君がそのようにご心配なさるのなら、忠実な臣下として協力は惜しみませんが」

竹簡がびっしりと詰まった書棚を背景に、にっこりと微笑む。

千尋と忍人が訪れたのは、天鳥船の奥まった一角にある書庫だった。




「ここにはそう多くの人間はやってきませんしね。それでもくしゃみが治まらなかったら、竹に反応しているということでしょう」

「竹……アレルギーなんてあったかな?」

千尋が考え込むと、忍人がそれを遮るように言った。

「とにかく俺はその隅にでも寝る。これできみの気も済んだだろう」

「…って、どうやって? 寝台もないのに」

「俺は軍人だ。どんなところでだって寝られ……クシュン!」

相変わらず止まらない忍人のくしゃみを聞いて、千尋は顔を曇らせる。




「ああ、そうでした」

柊がわざとらしく手をポンと打った。

「我が君、残念ながら今宵は夜を徹して調べ物をしなければならないのです」

「調べ物?」

千尋は首を傾げる。

「はい。風早と道臣から至急にとの要請が。そういうわけで申し訳ありませんが、ここに忍人を泊めるわけにはいきません」

「なぜだ! 俺は灯りがついていようが、おまえが歩き回っていようがいっこうに構わん」

忍人がむっとして尋ねた。

「『きみは』ね。私は、自分が真剣に仕事をしている部屋の中で、誰かが高いびきをかいていても平気なほど雑な神経はしていないのですよ」




「ひいら…!」

胸ぐらをつかみに行きそうな忍人をそっと手で制して、千尋は言った。

「柊は一晩中ここにいるつもりなの?」

「はい。少なくとも朝議までは」

「じゃあ、柊の部屋に忍人さんが寝てもかまわない?」

「二ノひ…! クシュン! クシュン、クシュン」

千尋に抗弁しようとした忍人は、くしゃみを連発した。

しばらく千尋を見つめた後、柊は優雅に微笑む。

「……なるほど。さすがは我が君、おっしゃるとおりです」

「な…!? 俺は……!」




「忍人、姫のご関心を独り占めし、そのお心を痛めさせる背徳的な愉悦を手放したくない…というきみの気持ちがわからないわけではありませんが、いい加減夜も更けてきました。どうかおとなしく私の部屋で寝むことにしてください」

深い微笑み。

「…それとも、姫の寝所で麗しい腕(かいな)に抱かれてともに寝むという案を実現させたいのですか?」

「馬鹿を言うなっ!!」

「ならば問題ありませんね」




さっさと歩き出した柊の後を、頭から湯気を出さんばかりに怒りながら忍人が追った。

それを見て千尋は1人つぶやく。

「……すごい…。柊って忍人さんを思いどおりに操縦できるんだ…」





 

 
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