くしゃみ ( 1 / 4 )

 



「クシュン」




「?」

千尋は思わず辺りを見回した。

ここにいるのは風早と忍人、それに屈強な狗奴の兵士が2人。

(気のせい……かな?)

チラチラと4人を見ながら、天鳥船への帰路を辿る。

「…クシュン」

「え~っ!!??」

思わず声を上げたのは、くしゃみの主があまりに意外な人物だったから。

「…すまない」

「お、お、忍人さん……」

「?」

「すごいかわいいくしゃみ…」

ものすごい目で睨みつけられた。




「大丈夫ですか、忍人。少し寒いかな」

はおる物を探そうと、風早が荷物を解き始める。

「心配は無用だ、風早。俺は別に何ともない」

「でも…」

千尋が口を挟む間もなく

「クシュン!」

と、少し大きめのくしゃみが出た。




結局、忍人は風早と狗奴の兵士たちから押し付けられた上着を2枚も着るはめになる。

だが、くしゃみはいっこうに治まる気配がなかった。

「ねえ風早」

「何ですか、千尋」

「花粉症……とかいうことはないよね」

「この時期に?」

今は晩秋。

森の木々はすっかり葉を落とし、花粉らしきものが漂う気配はない。




「う~ん、じゃあ別のもののアレルギーかな」

辺りを見回し、千尋ははたと思い当たる。

「あっ!」

「千尋?」

風早の問いかけに答えず、パタパタと忍人のほうに駆けて行く。

「二ノ姫?」

「忍人さん、もしかして狗奴の人たちの抜け毛に反応しているんじゃないですか?」

「…意味が分からん」

「猫の毛とか、動物の毛にアレルギーを起こす人っているんですよ」

「……(怒)」

「千尋、そんな言い方じゃ通じませんよ」

風早が困ったような笑みを浮かべて言った。


* * *


パンッと勢いよく広げて、寝台の掛け布を露台で払う。

「ここにもたまに足往が来るからなあ…」

枕や敷き布も慎重に点検。

ようやく納得すると、

「よし、できあがり!」

と、千尋は両手を打ち合わせた。




ここは千尋の寝室となっている、天鳥船の一番快適な一角。

「二ノ姫、だからこれは何のマネだと聞いている」

部屋の隅の椅子に強引に待機させられている忍人は、不機嫌をオーラのように揺らめかせていた。




「今夜はここで寝んでください。それでくしゃみがおさまったら、やっぱり抜け毛のアレルギーの可能性がありますから」

「俺はもう何年も狗奴とともに過ごしている。いきなり『あれるぎい』とやらになるわけがないだろう」

「ところがなるんです! いきなりデビューしちゃうんですよ」

真剣な顔で人差し指を立てて千尋が言う。

(また新たな言葉か…)

うんざりしながら忍人は頭の中で繰り返してみた。

(『でびゅう』…)




「別にここに泊まらずとも確認はできる」

「そうでもないんですよ」

千尋は椅子に向かい合う場所に座って説明した。

「アレルギーはハウスダスト…家の中のほこりにも反応するんです。船内は狗奴の人や日向の人や、ほかにも泥やほこりをつけた兵士の人たちが行き交っているでしょう? そういう人たちがほとんど来ないのって、ここくらいなんです」

「軍人が泥やほこりを避けてどうする」

「だ・か・ら、今夜だけですって。原因を確認できたら対策はまた別に考えます」

「………」

眉間に深い皺を作って黙り込んだ忍人は、ふと気づいて顔を上げた。

「ちょっと待て。俺がここに寝たらきみはどうするんだ」

「風早の部屋にでも泊まらせてもらいます」




ガタン!と、今度こそ忍人は立ち上がった。

「そんなことをさせるわけにはいかん」

「え? でも向こうの世界では」

「きみは王になるんだぞ。身分や立場を考えろ」

「……じゃあ忍人さんの横で寝ます」

「もっと悪い!!!」




心なしか顔を上気させて、忍人はいらいらと部屋の中を歩き回った。

千尋はそれをポカンと見ている。

(…最後のは冗談だったんだけどな…)

「狗奴や日向の人間、それに兵たちが立ち寄らないような場所ならいいんだな」

「…そうですね」

「わかった。気は進まないが、心当たりがある」