暗闇の僕 ( 1 / 2 )

 



「……オレは……どうしようもない奴なんだよ……」

「景時さん?」

「ああ、気にしないでね。
オレってほら、何やるんでも肝が据わってないからさ。
軍奉行なんてそもそも向いてないんだよ」




ふうっと溜め息をつきながら、望美はさっき景時と交わした会話を思い出していた。

いつも優しくて、周りを和ませようとする彼が、時折月が翳るように見せる暗い顔。

その理由が知りたくて、2人きりで話してみたのだ。

「そう簡単に……打ち明けたりしてくれないよね……」

結局、本音らしい言葉はあの一言だけだった。

それも、いつもの調子でごまかされ、結局何を指して言ったのか、知ることはできなかった。




「……先輩?」

屋敷の陰から声がした。

簀子縁で足をぶらぶらさせていた望美は、顔を上げる。

茶碗を2つ手に持って、譲が立っていた。

「どうか……したんですか?」

「譲くん」




「……景時さん、ですか……」

茶碗を両手で支えながら譲が呟く。

中には温めた牛乳。

彼が望美のために持ってきたものだ。

簀子縁に並んで腰掛けながら、望美は先ほどの会話のことを話した。




「同じ白虎と言っても歳が一回りも違いますから、俺は面倒見てもらう一方で…。
そうですね、とても気遣いがあって、優しい人だと思います」

「それに強いよね」

これまでの戦いを振り返りながら、望美が言った。

「ええ。陰陽師としての格は俺にはわかりませんけど、武芸に秀でているし、軍奉行としても有能だって、弁慶さんが言っていました」

望美はますますわからない……という表情を浮かべる。

「じゃあ、いったい何に悩んでるんだろう?」




少しためらってから、譲が口を開く。

「俺は……景時さんがあんな人で、結構驚いたんです。
だって、俺たちの世界での梶原景時と言ったら…」

「え? 有名なの? どんな人?」

無邪気に尋ねる望美の瞳をしっかり見つめ、

「……あくまで俺たちの世界で、ですよ。」

と、念を押してから続けた。




「梶原景時は源頼朝の寵臣で、義経の監視役として戦に同行していたんです。
謀反を起こしたりしないよう、見張っていたんですね。
義経が頼朝に疑われて平泉に逃げる羽目になったのは、景時が義経のことを悪く報告したからだと言われています」

望美はしばらく黙り込んだ。

「……弁慶さんもそうだけど、やっぱり私たちの世界とは全然違うんだね」

「……そう……ですね」

お互いに、口ではそう言いながら、頭の中で嫌な警鐘が鳴るのを感じた。




あの、のんびりとした気の弱そうな軍奉行が、九郎の監視のために同行しているとしたら?

(……オレは……どうしようもない奴なんだよ……)

自嘲的な声が、望美の耳の中でよみがえる。

同じ八葉で、ともに平家打倒を目指す仲間でありながら、同時にその行状を監視する--というのは、確かにつらい役回りに違いない。

「……この世界でも……景時さんがそういう命令を受けている可能性はありますね」

「そうか……かわいそうだね」




望美は、一応納得したようだった。

(……でも、その程度の命令は珍しくもない。九郎さんだってある程度承知の上だろう。
景時さんが苦悩するのは、もっとつらい命令を受けているからじゃないのか?)

譲の疑問はむしろ大きくなった。

(…勝利の後に邪魔になるもの……。自分以外に大将になれそうな人物。
それを助ける家臣。彼を後ろ盾する力……)

はっと息を呑む。

(……まさか、そんなことは……!!)