神護寺騒動 ( 4 / 4 )
「それはまた、災難だったね、別当殿」
「あなたも遠くまで出かける際は、注意されたほうがいいですよ、翡翠殿。
邸に帰らないとなると大騒ぎですから」
いつもの市中散策を終え、花梨を四条の邸まで送り届けた後、帰路を辿りながら天地白虎は話していた。
「ふうん……神子殿と一夜を共にするなら、
式神に見つからない場所にする必要があるということだね」
「どういう聞き方をしたらそういう結論になるのですか!」
気色ばむ幸鷹に、翡翠はもの言いたげな笑みを浮かべる。
「しかし、いくらお堅い別当殿でも、可憐な白菊と二人きりで過ごす夜は
心穏やかではなかったのではあるまいか」
「二人きりではありませんし、夜を過ごした訳でもありません。
だいたい神子殿に対して、そのような物言いは不謹慎でしょう」
「ああ、なるほど。君に艶っぽい気持ちを抱かせるには、彼女は少々幼すぎると」
「そのようなことは言っていません!」
「……ほう」
「! い、いえ、別にこれは…」
「では、よ~く用心するよう神子殿に伝えるとしようか」
「翡翠殿! あなたはどうしてそういちいち…!!」
* * *
「神子さま、失礼いたします。そろそろお休みの……まあ、よい香り」
「あ、紫姫。これ、焚いたまま寝ても大丈夫だよね」
自分の局で香炉を熱心に覗き込んでいた花梨は、振り返って紫姫に尋ねた。
「ええ、香りに包まれながらお休みになるのも趣深いものですわ。
これは……侍従でしょうか」
「うん。この間、いい夢見られたからちょっと試してみようかと思って」
「夢…ですか?」
「えへへ」
あの日、侍従を焚き込めた袍に触れながら眠ったせいか、夢の中に幸鷹が出てきた。
フワフワと幸せな気持ちになり、目を開けても彼がそばにいたことがとてもうれしかった。
なぜ幸鷹なのか…はよくわからないが、あの夜、「怖がってもいい」と言われたことが理由なのかもしれない。
照れながら頬を上気させて笑う花梨に、紫姫も温かい微笑みを返す。
「では、神子さまの夢路がよいものになるよう、私も願っておりますわ」
「ありがとう! 紫姫もいい夢見てね!」
軽やかな笑い声の後、紙燭の灯りが吹き消される。
京の気を留まらせる長すぎる秋の風が、今日ばかりは心地よく高欄を渡っていった。
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