治部少丞の悩み ( 2 / 2 )
「鷹通さん!」
三々五々に解散した後、鷹通は池の畔の四阿(あずまや)に来ていた。
水鳥の行く方に目をやると、あかねが走ってくる。
「神子殿」
立ち上がって座る場所を空けた。
息を弾ませながら、飛び込んできて座り込む。
「よ、よかった。なかなか居場所が、見つからなくて」
胸に手をあて、息を整えながらあかねが言った。
「…? 私をお探しだったのですか?」
コクコクと首だけを動かす。
鷹通は懐から蝙蝠(かわほり)を取り出すと、汗ばむ顔に風を送ってやった。
「あ、ありがとうございます」
あかねはしばらく、目を閉じて気持ち良さそうに風を受けていた。
「……それで、ご用件とは…?」
ようやく落ち着いたのを見て、鷹通は穏やかに尋ねる。
一瞬ためらった後、あかねは鷹通の目を見つめた。
「神子殿?」
「さっきはすみませんでした。鷹通さんにはわかりにくい話ばかりして」
いきなりペコリと頭を下げる。
「え!? なぜ神子殿が謝られるのですか」
鷹通は心底驚いた。
「皆さんのお話は大変興味深かったですし、わからないなりにいろいろ学ぶこともありました。神子殿が気にされる必要など……」
言葉がしばし途切れる。
「……ああ……けれど、私が加わっていたことで神子殿にお気を遣わせてしまったのなら、私のほうこそ申し訳ございませんでした」
今度は鷹通が深々と頭を下げた。
「た、鷹通さんが謝るのは変ですよ!!」
「いえ。同じ世界の方たちと楽しそうに話されていたので、おそばに行かないようにしていたのです。天真殿がお誘いくださったので、つい……。けれどやはり、ご遠慮するべきでした」
「違うんです、違うんです! だって天真くんが、鷹通さんが私たちが話しているのを見て寂しそうにしていたって言うから……!」
いつの間にか鷹通の両手を握って、あかねは訴えていた。
「…私……が?」
あかねの柔らかな手の感触に気を取られながら、鷹通は聞き返す。
「はい。譲くんや幸鷹さんと話しているのを寂しそうに見てたって。……あれ? それって、みんなで一緒に話す前ですか?」
「………のようですね。ただ、あれは……」
目を逸らした鷹通の顔を、あかねは懸命に覗き込んだ。
少しずつ、鷹通の頬が色づいてくる。
「鷹通さん?」
「その……申し訳ありません、神子殿。多分私は、焼きもちを妬いていたのだと思います」
「え?」
覚悟を決めたように、鷹通はあかねに向き直った。
「私には、決してできない方法で神子殿をお慰めできるお二人がうらやましいと。同じ天の白虎でありながら、私はあなたのお役に立つことができません。もちろん、神子殿には天真殿や詩紋殿がいらっしゃる……。うらやむこと自体、筋違いなのですが……」
言いながら、自分の言葉の内容に落ち込んでしまう。
その鷹通の手を、あかねはぎゅっと握った。
「鷹通さんは、私の大切な天の白虎ですよ」
「…え」
「花梨さんにとっては幸鷹さんが、望美さんにとっては譲くんがそうであるように、私の天の白虎は鷹通さんだけです。鷹通さんが私の天の白虎でよかったって、いつもそう思っています」
「……神子殿…」
澄んだ瞳でまっすぐに見つめられて、鷹通は思わず赤面した。
「お、お気遣いありがとうございます」
「ううん、本当のことですから。それにきっと、ほかの時代の神子たちも、幸鷹さんや譲くんが同じ世界から来たから好きなんじゃないと思いますよ。好きになるのに、そんなこと関係な……」
目の前の鷹通の顔が、一段と赤くなるのを見て、あかねは自分がしゃべりすぎたことに気づいた。
お互いの顔がすごい勢いで真っ赤になる。
「あ…あ、あの、じゃあ、私、部屋に戻ってます!!」
「は、はい、あの、お、お気遣いありがとうございました」
ギクシャクとあいさつすると、あかねは宮殿に向かって走り出した。
鷹通は赤い顔のまま、それを見送る。
たくさんの目に見つめられていることに気づきもせずに……。
* * *
「ああ、終わってしまった。こんな距離では会話が聞こえないからつまらないねえ、翡翠殿」
「まったく同感だよ、友雅殿。だいたい別当殿はどんな権限で私たちを止めているのかな」
「同じ天の白虎として、です。あなた方にちょっかいを出させるわけにはいきませんから」
「お二人とも大人なんですから、控えてください。ねえ、景時さん」
「あはは~、何か俺、一人で地の白虎の裏切り者やらされてる気がするんだけど」
四阿を遠くに望む場所で、天白虎二人(と地白虎一人)にブロックされた地白虎二人は、つまらなそうに天を仰いだ。
五色の雲がたなびく空を、妙なる鳴き声の鳥が渡っていく。
しかしこの後、友雅の絶妙な誘導尋問で、鷹通が顛末を全部しゃべらされたことは言うまでもない…。
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