初恋 ( 4 / 7 )
「……帰ってない…?」
朔から聞かされた言葉に、俺は凍りついた。
「ええ。朝早くに出て行って以来、まだ……」
早朝……。
俺が記憶が戻ったと誤解したあの時。
彼女が激しく傷ついたのはわかっていた。
俺が、全力で彼女を否定しようとしていたことが、伝わってしまったのだから。
けれど、どこかで安堵してもいた。
これで彼女が俺を嫌ってくれれば、甘美な拷問からやっと解放される。
だけど、まさか京邸から姿を消すほどに、彼女が混乱したとは思わなかった。
「白龍!」
小さな龍神を必死で捜す。
井戸端の、今朝、彼女を傷つけたまさにその場所に、白い影はうずくまっていた。
「白龍! 先輩は? 居場所はわかるか?!」
「譲……」
見上げた幼い顔は涙に濡れていた。
「神子は傷ついているよ。とても深く。八葉は神子を守るもの。傷つけてはいけない」
「わかって……いる…」
返す言葉がなくて、目をそらしながら拳を固く握りしめた。
* * *
北山---。
それは、先輩が記憶を喪失した戦闘があった場所。
嫌な予感を必死で振り払いながら、俺は走った。
白龍の示した地点を目指して。
あの戦いのあった場所を目指して。
突然、鋭い悲鳴が耳を刺す。
声の方向に飛び出すと、怨霊がいきなり襲いかかってきた。
走りながら矢をつがえ、素早く放つ。
もちろん浄化の力はないが、立て続けに矢を浴びせるとじりじり後ずさり始めた。
さらに一矢、眉間に突き立てる。
断末魔の咆哮とともに、怨霊は姿を消した。
肩で息をしながら、必死で周辺を見回す。
後方の木の根方に彼女が倒れていた。
「望美さん!!」
叫びながら、走り寄る。
顔面は蒼白で、頭から血が流れている。
俺が来る前に、怨霊に何度も弾き飛ばされたのだろう。
手足にも無数の傷がついていた。
「望美さんっ!!」
抱き起こすと、うっすらと目を開いた。
「譲……さん…」
「大丈夫ですか?! すぐ邸に運びますからね」
俺は励ますように声をかけながら、彼女を抱き上げた。
目の焦点が徐々に合い、
「あ…」
と彼女が声を出す。
「痛いですか?」
「私……まだ……」
涙が一筋頬を伝う。
「………だめなのね……」
「……?…」
俺は先を急ぎながら、彼女に目をやった。
「……ケガをすれば………戻れると思ったのに……」
「……望美…さん…?」
意味がわからず、足を止める。
「ごめんなさい…。 ……私、まだ、あなたに『先輩』を返せない……」
あふれる涙。
しかし、彼女の言葉のほうが衝撃だった。
「ま……」
雷に撃たれたように、俺はその場に立ちすくむ。
「…まさか……わざと………?」
腕が、脚が、震えるのを止められない。
「……うまく……いかなくて……私、本当に…ダメな」
「どうしてそんなこと……!?」
思わず叫んでいた。
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