はじめての物忌み ( 1 / 2 )
「せっかく丸一日ともに居られる日に、説教か講釈しかしない男を呼ぶとは……神子殿も物好きだね」
昨日の帰り際、翡翠に言われた言葉を思い出して花梨は溜め息をついた。
(…まあ、確かに楽しくおしゃべり…というタイプではないけれど、何でだろう、あの人のお話はとっても分かりやすくて、勉強になるし、ずっと聞いていたくなっちゃうんだよな……)
普段は怨霊退治や具現化の合間にしか聞けない話を、ゆっくり聞かせてもらえたら…という思いで、花梨は最初の「物忌み」へ誘う文を送っていた。
(あ…! でも…!!)
突然ある事実に思い当たり、顔色が変わる。
そのとき、訪いを告げる声が聞こえた。
「……神子殿…?」
目の前で必死に謝る花梨に、幸鷹は首を傾げた。
「…なぜ謝られるのですか? 文のあて先を間違えられたとか?」
「ち、違うんです!」
ぶるんぶるんと首を左右に振る。
「あの……私、幸鷹さんのお話が聞きたくて、考えもなしにお呼びしちゃって。
でも、幸鷹さん、すごく忙しいですよね。こんなことで一日取られるのって、大迷惑ですよね。
それに気づきもしないで、私…!」
花梨の言葉を聞いて、幸鷹が穏やかな笑みを浮かべた。
「…そのようなことを気にされていらしたのですか。いいえ、これもお役目のうちです。
あなたが私の話を聞きたいと思ってくださったこと、うれしく思いますよ」
「幸鷹さん…」
優しい声に励まされて、花梨はようやく顔を上げた。
安心させるように、幸鷹が微笑みかける。
「偶然でしょうが、あなたがお送りくださった文の色…淡萌黄は私が最も好きな色なのです。春の生命の萌え出ずる色であり、秋の実りを招く色でもある……」
「幸鷹さんのイメージ……印象に一番近い気がして、あの色を選んだんです。
気に入ってもらえたならとってもうれしいです!」
ようやく笑顔が戻ったのを見て、幸鷹は安堵した。
花梨は、華奢な少女の外見からは想像できないほど強い意志をもち、信念を貫こうとする面がある一方で、人の心の機微に敏感で、相手が傷つくことを極端に恐れる面も持っている。
自分は八葉なのだから、そんな気遣いをせずにつきあってもらいたい…と、幸鷹は願っていた。
* * *
「……内裏と政の仕組みは、おおよそ以上のようになっています」
難解な役職名や複雑な機能をできる限り整理しながら、幸鷹は語り終えた。
必死でメモをとっていた花梨は、ほっと一息つく。
「急ぎすぎましたか?」
「いえ、今まで聞いて分からなかった単語がたくさん出てきて、うれしかったです。
私たちの世界と似ている所もあるし」
「似ている所…」
今度は幸鷹が興味を持った。
「神子殿の世界では、政はどのように行われているのですか?」
いきなり大きな質問をされて、花梨は焦る。
「ええっ? わ、私も詳しいわけじゃありませんけど、京と一番違うのは、貴族がいないことかな」
「では、誰が政を?」
「私たちの世界には身分がないんです。
だから、みんなの投票で選ばれた人が代表して政治…政を行います。
私はそういう世界から来たから、イサトくんが『下の人間』って言うの、つらいんです」
「………」
幸鷹は黙り込んだ。
花梨は、貴族である幸鷹を不快にさせてしまったのかと思ったが、考え込んでいる彼の横顔は、むしろ必死に何かを探ろうとしているようだった。
「…あの……、きっと想像がつかないですよね、そんな世界…」
しばらくしてから、花梨が言った。
ふっと思考を中断して、幸鷹が彼女を見る。
「……そう…ですね。ただ……なぜでしょう、どこかで深く納得している気もします」
「…?」
緊張を解いて、幸鷹が微笑む。
「以前、京の道が真っ暗だという話をしましたね」
「ええ、はい。街灯がないからって」
花梨は記憶をたどりながら答えた。
「そう。神子殿は夜の間も道を照らし続ける灯りについてお話しになった。私も同じことを考えたことがあると申しました。そのときの感覚に似ています。見たことがないはずなのに、当然のことのように思える…」
花梨がにっこり笑う。
「いずれは京にも必要になるからじゃないですか? 幸鷹さんは京のことを真剣に考えているから、そういう発想ができるんだと思います」
「…だといいのですが」
いまひとつ納得しきれない様子で幸鷹は話を打ち切った。
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