はじまりのとき ( 1 / 2 )
「折れているのだろう。これを使え」
不意に聞こえてきた声に、疾風(はやて)は顔を上げた。
戦場と本拠地である砦の中間地点。
森の大木の木陰に、彼はうずくまっていた。
11、12歳ごろと思われる少年が前に立ち、丈夫そうな木片を差し出している。
先ほどの戦闘で負傷した脚は、時間が経つにつれズキズキと痛み出し、耐えきれなくなった疾風は座り込んでしまっていた。
仲間たちからはぐれ、杖になる物を探そうにも歩くことができない。
少年の手助けは、心底うれしかった。
「すまない」
礼もそこそこに、木片を添え木にして布を巻き付ける。
痛みを麻痺させるため、思い切りきつく締め付けた。
「!!」
激痛に声を上げそうになるが、ぐっとこらえる。
ようやく手当を終えて顔を上げると、少年の姿は消えていた。
(…怖がらせてしまったか)
疾風はひとつ溜息を落とした。
そもそも、狗奴である自分に近づいてくること自体、勇気がいったはずだ。
獣人(けものびと)と呼ばれ、勇猛への称賛と、野蛮への非難を同時に受ける一族である。
歴戦の勇士さえ、自分たちと陣をともにするのを避ける。
「所詮、人ではなく獣…」という侮蔑が、彼らの目に浮かぶのを嫌になるほど見てきた。
もう一つ溜息を吐くと、疾風は腕に力を込め、立ち上がろうとした。
「待て!」
鋭い声が響く。
驚いて声のほうを見ると、先ほどの少年が長い枝を抱えて駆けてくるところだった。
「…きみは」
息を弾ませながら、少年が立ち止まる。
「折れているんだ。支えなしで立ち上がろうとするなど、無茶だ」
座っていてさえ身の丈がそう変わらない、大柄な疾風の目をまっすぐとらえて彼は言った。
(………?!)
疾風は呆気にとられる。
こんなに小柄な少年が、自分に説教をしているように思われたからだ。
「たぶん、これなら役に立つだろう。俺がこちらを支えるから、ゆっくり立ち上がれ」
太くずっしりと重い枝を差し出すと、少年は利き手と逆の側に回り込んだ。
「しかし…」
「遠慮は無用だ。見た目よりは力もある」
少し悔しそうに言うと、疾風の背中に手を添える。
疾風は彼の気持ちに応えるため、枝を支えに思い切って立ち上がった。
「…!」
「動けそうか?」
「あ、ああ……。きみは本当に……力があるな」
想像よりずっとしっかりとした力で、少年は疾風を支えていた。
考えてみれば、こんなに重い枝を抱えたまま走ってきたのだ。
この年頃の子どもなら、引きずって歩くのがやっとだろう。
「いや、まだまだ鍛錬が必要だ」
自分に言い聞かせるように、少年がつぶやいた。
ゆっくりと、砦への道をたどる。
少年はひどく無口で、痛みをこらえて歯をくいしばっている疾風にはありがたかった。
「砦だ」
少年の声に顔を上げると、茂みの向こうに物見の塔が見えた。
やがて、陣のほうからパラパラと仲間たちが駆けてくる。
「疾風!」
「怪我をしたのか」
背を支え、背嚢を引き受け、それぞれが疾風を介抱し出すと、少年はすっと身を引いた。
「あ、待ってくれ、きみは?」
木の間に姿を隠しかけた少年に、疾風が呼びかける。
仲間たちもいっせいに振り返った。
「………」
一瞬、困惑したように黙り込むと、
「同じ中つ国の者だ」
とだけ言って、少年は駆け出した。
後ろ姿は瞬く間に森の中に消えてしまう。
「疾風?」
「知り合いなのか?」
仲間たちに問われて、疾風は頭を左右に振った。
「いや…。だが、いつかまた会いたいものだ」
何のためらいも恐れも抱かず、自分を助け、そのまま去っていった少年。
獣人にあんなふうに接する人間を見たのは初めてだった。
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