暁天の星 ( 3 / 3 )
「気は確かか?! この期に及んで、君は将としての自覚もなければ、果たすべき役割もわきまえていないのか?! 橿原宮を取り戻す戦いを子どもの遊びだとでも思っているのか?!」
それなりに覚悟していたとはいえ、やはり忍人の言葉は激しく、厳しかった。
偵察から戻った彼を私室に訪ね、「誕生日」の説明をしている間に、空気が冷えてくるのがわかった。
最後に皆が書いた竹簡を差し出すと、ついに怒りが爆発したのだ。
「何をおいても戦に集中しなければいけないこの時期に、君はこんな腑抜けたことを皆にやらせて、何もかも台無しにするつもりか?!」
1日中、神経をすり減らして偵察活動をしてきた後だ。
疲れても苛立ってもいるだろう。
初めて耳にする「誕生日」のことなどより、千尋が兵士たちの士気にかかわる失策を犯したことのほうが圧倒的に彼の意識を占めている。
すべてわかった上で、千尋はもう一度口を開いた。
「今がどういう時期かはわかっています。戦いに集中すべきだということも理解しています」
「では気でも狂ったのか!? わかっていてどうしてこんな…!!」
「お願いです、少しでいいから読んでください! みんなが竹簡に何を書いているか」
さっと顔を背けたものの、千尋は差し出した竹簡を頑として引っ込めない。
かなり長時間、お互い立ち尽くした後、忍人は渋々竹簡を受け取った。
「声に出して読んでください」
「……いい加減にしろ!」
刺すような目で千尋を睨みつけ、文字に目を落とす。
「故郷の……」
そこで、忍人の声が途切れた。
「…………」
しばらく黙って見つめた後、千尋が差し出している竹簡を2枚、3枚と受け取っていく。
(故郷の母が作った飯をご馳走する)
(筑紫の美しい夕焼けをお見せする)
(妻の織った布を献上する)
多くは中つ国の兵士たちが記したものだった。
「……布都彦まで……?」
その竹簡には、ともに楽を奏でるという約束が綴られていた。
今まで考えたこともなかった。
「……全部、戦が終わった後の約束です。今はとてもできない。
でも、平和が戻ればいつか叶えられる」
「…………」
「忍人さんは、みんなからこんなにたくさん約束を背負わされたんです。
だから、絶対に生きて帰らなきゃいけません」
「千尋」
顔を上げると、潤んだ瞳と視線がぶつかる。
「これを書いたみんなも、約束を守るために生き抜かなきゃなりません。
この中にはみんなの未来が……将来の夢が、いっぱい込められているんです。
確かに戦に集中することは大切だけど、どんな時でもその向こうにある、
叶えたい願いを忘れてはいけないと思うんです」
「…………」
しばらく無言で千尋を見つめた後、忍人は再び竹簡に目を落とした。
故郷への、待ち人へのあふれる暖かい想い。
兵たちはいつかその場所に帰っていく。
そう、必ず帰さなければならない。
「……君の世界の誕生日とやらには、いつもこんな大層なものを贈るのか」
少し穏やかになった声に安堵しながら、千尋は首を横に振った。
「いいえ。戦のない世界では、お花とか、お菓子とか、その人の好きな物とかを選んで贈ります。
だから……だから来年は、もっとずっとささやかなお祝いになるはずです」
「…………」
ふうっと大きくため息をつくと、忍人は千尋に手を差し延べた。
「残りも受け取る。将として受け止めるべき思いのようだからな」
「……はい」
1枚、また1枚。
千尋が抱えてきた竹簡をすべて寝台の上に置くと、忍人は
「さあ、もう遅い。部屋まで送る」
と、部屋の戸を開いた。
「あ、あの、忍人さん、受け取るだけじゃ駄目なんですよ。ちゃんと使わなきゃ」
外に押し出されながら千尋は必死で言う。
「わかっている」
「何年かかってもいいですから、使ってあげてくださいね」
「くどいな、君は」
「でも」
食い下がる千尋の前に、忍人は1枚の竹簡を差し出した。
「少なくともこれは来年必ず使う。それでいいか」
「……え」
(来年の忍人さんのお誕生日を祝う)券
「そ、それ……私の……?」
頬を上気させて見上げる千尋の瞳に、暖かい笑みが映り込んだ。
待ち望んでいた星が一つ、暁天の空に輝いた瞬間だった。
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