flavor of life ( 1 / 2 )

 



 俺の部屋に入ってきた譲が、盛大に眉を顰めた。
 やばいか?と思いつつも知らんぷりを決め込んでいたら、つかつかと近づいていきなり俺の机の引き出しを開けた。

「……やっぱり!」

 隠す間もあらばこそ。譲の手が、さっと煙草の箱を取り出した。

「何やってんだよ、体に悪いだろ!」
「たく、大目に見ろよ」

 取り返そうと伸ばした手は、ビシリと容赦なく叩き落された。

「隠すつもりならもっとうまくやれ。匂いでバレバレだよ。とにかく、これは没収だ!」
「っ、げほ……何だよ、お前が吸うのか?」

 虚勢を張って笑ってみせた俺に怒ったのか、譲は乱暴に、バン!と机に何かを入れた。
 そのまま部屋を出て行こうとした譲は、ドアの手前で少し振り返り、睨むようにして、ぼそ、と呟いた。

「それで我慢しておけよな」

 ドアの向こうに譲の姿が消えてから、何だ?と思いながら引き出しを開けてみれば、苦笑いがこみあげてきた。

「……あんの、お節介」

 ――引き出しの中には、煙草の代わりにのど飴が入っていた。

 好奇心で吸ってみた煙草は、ちっとも美味いと思えなかった。
 譲は、なれない煙草にむせた俺の声を聴いて、心配して部屋にきたんだろう。
 げほ、とむせる喉に、甘くて苦い飴が、じわりと沁みた。


 ……こいつらを見ていたら、急に、今まで綺麗さっぱり忘れていた、そんな些細な事を急に思い出した。

 何であの頃は、早く大人になりたいなんて生き急いでいたんだろうな。
 今となっては、もっと大事にすりゃよかったって思うぜ。
 二度と戻れないからこそ、余計にな。



◇ ◇ ◇



「せいぜい軽い熱中症か疲れ……ってところか。あんまり心配すんなって」

 慌てる望美の頭を軽く、ぽんぽんと撫でて落ち着かせる。むしろ、こいつの方が倒れそうな顔をしてやがる。

「でも、最近よく眠れないって言ってたし、もしも……もしも変な病気だったらどうしよう」
「なるほど。睡眠不足が原因だな。寝てるぜ」
「えっ。……あれ、ホントだ」

 譲は、すう……と軽い寝息を立てて眠りに落ちていた。

「よかった……」

 涙目でホッとしたように笑う望美の頭を、ぽん、と、もうひとつ撫でた。

 熊野で再会した俺達は、白龍の神子とその下僕……じゃねえか、八葉とかいう役割で怨霊を封じて回っている。
 俺は些か大っぴらに出来ない書状が届いちまっていたから、今日は理由をつけて宿に残った。
 望美達は今朝から他の連中と一緒に出掛けたのだが、思いついて譲と二人で宿に帰る途中に奴の具合が悪くなったらしい。
 ひとまず、譲には水を飲ませ、胸元を寛がせて手拭いで拭き、風通しのいい場所に寝かせてある。
 京の蒸し暑さに比べれば、熊野なんて涼しいもんだと思うが、クーラーや扇風機に慣れていれば、確かにこの暑さは堪えるだろう。

「あとは弁慶が帰ってきたら診てもらえんだろ」

 素人判断ではあるが、譲の様子を見れば、そう慌てるほどの症状ではないと思えた。
 蝉のうるさく鳴く声が部屋の中にも響いているのに、すうすうと気持ちよさそうに眠っている。

「でも何でお前ら二人だけで帰ってきたんだ?さてはデートだな」

 からかうように言えば、望美がぷうと膨れた。

「もうっ!違うよ」

 そのまま怒るか、とも思ったが、望美は寝ている譲を見つめて小さく言った。

「……そうだったなら、いいんだけど」

 一緒にいるのに昔とは違うな、と違和感を感じるのは、こういう時だ。
 少しだけ、うらやましい……か?と、自分の心を探るように小さく呟けば、望美が不思議そうに首を傾げた。

「え、何?」
「いや、何でもねえ。……ん?起きたか」

 軽い呻きと共に、譲が目を覚ました。

「譲くん、大丈夫?」
「あれ……ええと、ここは、宿……?」
「大丈夫か?苦しい所とかねぇか?」
「うん……軽い貧血かな、クラッときた」
「怖かったんだから。元気だったのに、急に倒れて……」

 思い出したのか、望美が涙目になった。

「先輩、すみません、心配かけてしまって……」
「そんなこといいの!でも、もしも……もしも譲くんがいなくなっちゃったらって考えただけで、私……」

 望美が膝の上の手を、ぎゅっと握りしめた。

「私、譲くんのことが好きなのに」

 ぴし、と部屋の中の時が止まった。思わず、譲と目を見交わしてしまう。
 あーあ、と思いながら俺はガリガリと頭を掻く。譲は驚愕のあまり呆然としている。

「おいおい……ここで言うかよ」

 譲は焦点の合わない瞳で、望美を見つめた。

「先輩……?俺は、熱があるんですか?」
「えっ?」

 望美が目をぱちくりとさせる。

「それとも、これは都合のいい俺の夢なんでしょうか……?」

 ぶっ、と思わず吹き出しちまった。まあ、突然言われたら無理もねえか。

「あ〜、そう来たか。いや、夢じゃねえと思うけどな。現実だ現実」

 やってられるかと、手をぱたぱたさせてそう言えば、望美も勢い込んで口を開いた。

「そうだよ!譲くんの事が好きだって言ったんだよ!!」
「だあっ、耳元で叫ぶな!色々痛えだろうが!」

 譲はぼんやりと、俺達を見比べる。

「……それは、俺の料理の事ですか?」

 がくっ、と思わず肩が落ちる。

「おい、ボケるかここで」
「ち、違うっってば!」
「……じゃあ、お菓子?」
「違うって!!」
「お菓子じゃないんですか……?」
「譲、ちょ、お前、しっかりしろよ!」

 病人相手に大人げないとは思うが、これが突っ込まずにいられるか。

「もおおお!譲くんっ!こんなに全然分かってないってアリなの!?違う、私が好きなのはお菓子じゃないの!!」

 譲の目がはっと見開かれたかと思う間に、悲しげな色に滲み出した。

「ああ……俺の作る菓子に、もう魅力を感じないんですね……俺の……唯一の取り柄が……」

 あまりのボケぶりに、流石に譲が不憫になってきた。

「望美、これはねえだろ。お前一体、今まで譲をどんな扱いしてたんだ?」
「ええっ、私の所為なの!?」
「それ以外考えられるか!」
「もうっ、どうしたら信じてくれるのっ。私は、譲くんが、好きで好きで好きすきすきすきす、き、す……」

 ぴた、と望美の動きが止まった。不穏な空気を感じて、やべえ、と思った次の瞬間、望美が譲の胸倉を引っ掴んだ。

「ええい、実力行使!キス!!」
「おい、ちょ、ストップ!」

 止める間もなく、望美が体当たりといった調子で色気のないラブシーンを敢行した。
 ぶちゅうううう、という擬音が聞こえてきそうで、俺は思わず眩暈を感じた。

「おまえ、なあ……」

 げんなりと呟けば、すぽん、と望美が譲から体を離した。

「こっ、……これで信じて、くれ、た?」

 望美はそう言うと、ぐい、と手の甲で口元を拭った。おいおい、だから、それじゃあまりに男前すぎるだろって。
 譲もあまりの事に呆然として動けないでいる。

「……」
「譲くん?」
「おい、譲?」
「きゃーーー!しっかりしてえええええ」

 ぐら、と倒れこんだ譲を、望美が力任せに揺さぶった。

「どうしよう、将臣くん!!ゆっ、譲くんが、真っ赤になって泡吹いて倒れた!!」
「そりゃ倒れるって……あ〜まるで茹蛸だなこりゃ」

 ひとまず弟を守るべく、暴れる望美の手を離して、床に寝かせる。
 譲は、今の出来事が己の許容量を超えたのだろう、綺麗に意識を手放していた。