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当たり前の奇蹟 ( 2 / 2 )

 



あかねはじっと鷹通を見つめた。

「あかねさん?」

「鷹通さんは……私が龍神の神子だから、好きになってくれたんですか?」

「え?」

意外な言葉に、鷹通は目を見開く。

「恋愛するのが難しい相手だから好きになってくれた?」

「そのようなことは……」

「私があの世界の人間で、普通に鷹通さんと会っていても好きになってくれましたか?」

「……!」




真剣な瞳を見つめ返しながら、鷹通は想像を巡らせた。

あの世界で、普通に出会っていたとしたら?

貴族の姫君として?

それとも身分違いの相手として?

けれどあかねはどこにいたとしても、真剣で、必死で、心優しくて、ほがらかで、澄んだ瞳でいつも前を見ていることだろう。




「……それは、もちろん。あなたがあなたでいる限り、どこで出会ったとしても、私は心惹かれたでしょう」

鷹通が答えると、あかねはカーッと頬を染めた。

「あかねさん?」

「た、鷹通さん、ストレートなんだもん……」

「? 申し訳ありません」

「う、ううん。うれしいです。だって、私も同じだから」




あかねは、鳥居の横に立つ梅の古木に近づき、木肌に触れた。

「この梅……確かにお花の数は控えめだけど、小さな花が細い枝に咲く様子がとてもきれいなんです。350年も生きている木だって知らない人でも、見とれてしまうくらいに。私も大好きです」

そうして、鷹通を振り返る。

「珍しい木だからでも、古い木だからでもなく、ただ、好きなんです」

「あかねさん」




「どんな風に出会っても、どんなところで出会っても、私は鷹通さんが……好き。だから鷹通さんが、私がそばにいることを当たり前に思ってくれるのは、すごくうれしいです。普通の……こ、恋人同士……になれたら、とっても素敵だもの」

「…………」

最後は俯いてしまったあかねのそばに行き、鷹通は静かに手を取った。

「……そうですね。確かに、遙かなる時空を越えたことが奇蹟ではありません。私があなたという稀なる女性に会えたこと……それこそが奇蹟です」

「! 鷹通さ……」

あかねの唇の前に、鷹通はそっと人差し指を立てた。

「そしてそれは、すべての恋人たちに起きる奇蹟でもあります。愛する人はいつでも、特別で、稀なるものなのですから」

「……!……」




穏やかな笑顔を見て、あかねは自分の気持ちがきちんと伝わったことを知った。

「……じゃあ、私、鷹通さんのそばに当たり前みたいにいていいですか?」

「はい。風や木々や花々のように、私も、あなたのそばに当たり前にありたいと思います」

「私も! 空気や水みたいに、鷹通さんになくてはならない『当たり前』になりたい!」

互いの両手を取り、誓うように見つめあう。

緑の木立を通り抜けた風が、二人の髪をさらさらと揺らした。

街中の暑さが嘘のような、爽やかな風だった。



* * *



しばらく後。

記念に狛ネズミの土鈴を買おうと、あかねと鷹通は社務所に立ち寄った。

小振りな箱に真っ白なネズミの鈴が二つ収められていて、とてもかわいらしい。

「鷹通さんには、こっちの巻物を持っているネズミのほうがいいですよね」

「そう……ですね。何となく」

二人が相談していると、社務所の女性が

「それは、巻物を抱えたほうが学業成就、玉を抱えたほうが安産のお守りになるんですよ」

と、教えてくれた。




「あ、安産……!?」

「そ、それは……!!」

一緒に真っ赤になる青年と少女を微笑ましそうに見つめると

「もちろん、どちらも縁結びのご利益はありますから」

と付け加える。

しどろもどろで女性に礼を言い、二人は社務所を後にした。




「じゃ、じゃあ……私、こっち……持って帰ります」

カランと涼やかな音を響かせて、あかねが小箱から鈴を取り出す。

もちろん、玉を抱えたほうのネズミ。

割れないよう、丁寧にハンカチにくるんでバッグにしまった。

恥ずかしいのか、指先までほんのり赤く染まっている。

「わ、私の受験が終わったら、こちらのネズミもあかねさんにお渡ししますから」

巻物を抱えたネズミの箱を渡された鷹通が、あわてて言う。

「だめですよ。それぞれが1匹ずつ持っていないと」

「しかし……」

「……………………」

赤い顔のまま、あかねは黙り込んだ。




「……あかねさん?」

「…………再会……できますよね」

小さな声でつぶやく。

「……え?」

「この子たち。いつか……」

「………!………」

「……………」

「はい……。できるだけ、早く……」

「はい……」




街中に戻るバスを待つ二人の髪を、風がもう一度ふわりと揺らした。







 

 
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