当たり前のこと ( 5 / 7 )
「……く……ん…」
「!?」
譲くんが息を呑むのが聞こえた。
私は必死で声を絞り出す。
「……か……ない……」
「先輩?!」
軽く揺らされた。
意識が少しはっきりする。
「な……かない…で」
「先輩!! 俺の声が聞こえますか?! 先輩!!」
掌にも熱い感触。
私は手探りで、涙が伝う譲くんの頬に触れていた。
ようやくゆっくりと瞼が開く。
目に映った彼の瞳に向けて、精一杯微笑んだ。
「…もう…泣かないで……譲くん…」
「せん…ぱい…っ!!!」
* * *
その後のことは少し曖昧だ。
感極まって譲くんが私を抱き締めた途端、激痛がよみがえって悲鳴を上げた。
「望美!?」
「望美さん!?」
朔や弁慶さん、九郎さん、少し遅れてほかの八葉のみんながバタバタと駆けつけてくる。
私は息ができず、またパニックを起こしかけた。
「落ち着いて。胸でなく、お腹で息をするようにしてください」
弁慶さんが穏やかな声で言う。
「胸を強く打っていますからね。息を吸いこみすぎると痛みます。浅く速くお腹で呼吸して」
確かに、息を吸うたびに胸がズキンズキンと激しく痛んだ。
おそるおそる呼吸しながら、あまり痛くない姿勢を探る。
「胸を布できつめに固定したほうが楽ですよ。
申し訳ありませんが、朔以外は陣幕の外に出てもらえますか」
みんなを外に追い出すと、弁慶さんはテーピングの要領で私の胸に布を巻き付けた。
「頭も打っていますから無理をしないで。今日はもう眠ったほうがいい」
その弁慶さんの声を最後まで聞くこともなく、私はもう一度闇の中に落ちていった。
完全に意識を失う寸前、さっきのことを思い出す。
譲くんに抱き締められる直前、温かくて柔らかい感触を唇に感じたのは気のせいだろうか?
あまりに短い時間だったので、それが現実なのか、夢なのか、自信がなかった。
現実ならファーストキス…なんだけどな…。
* * *
その後しばらく、私は寝たり起きたりの生活を続け、意識がある間にあの時の状況をいろいろな人から聞かされた。
怨霊の眉間を譲くんの矢が射抜き、私が浄化の力を解放した瞬間、断末魔で振り回した腕が私を直撃したのだという。
そばの木の幹に叩き付けられ、失神した私は何と三日間も眠り続けた。
打ち身やその他の外傷はそれほどひどくなかったが、頭を打っていたので、最悪このまま昏睡から醒めないかもしれないと、あの夜、弁慶さんはみんなに告げていた。
譲くんが枕元で泣いたのはそのせい。
朔によると、三日間一睡もせずにずっと付き添っていたという。
「そろそろ一服盛って眠らせなければと思っていたんです」
と、弁慶さんが明るく言った。
…多分、本気。
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