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当たり前のこと ( 4 / 7 )

 



私は漆黒の空間に横たわっていた。

耐え難い苦痛は麻痺したように治まっている。

多分、正気に返ったらまた襲ってくるのだろう。

それとも、このまま死んでしまうのだろうか。




気づくと、遠くで誰かが泣いていた。

小さな男の子。

座り込んで、泣きじゃくっている。

(ダメだよ……そんなに泣いちゃ…)

声をかけたかったが、口を開く力さえ残っていなかった。

その男の子の横に、最初はぼんやりと、やがて形がしっかりと見えてくるもうひとつの影。

小さな女の子。

腰に手を当てて、ちょっと年上ぶって立っている……私。




「譲くん、ほら、もう泣かないで」

私は譲くんの頭に手を乗せて、そっと撫でた。

いやいやというように、譲くんが頭を左右に振る。

「譲くんは男の子でしょ? いつまでも泣いてたらおかしいぞ」

声は聞こえているはずなのに、ちっとも泣き止まない。

私は腰をかがめて、譲くんと同じ目の高さになった。

「譲くんが泣き虫だと、私、困っちゃうな〜」

ふーっと溜め息をつきながら言う。

ようやく、譲くんがぴくんと反応した。




「怖い人が来たら、どうすればいいのかな」

違う方向を見ながらつぶやく。

譲くんの顔が上がる気配がした。

「将臣くんに助けてもらおうかな…」

「やだ!」

いきなり腕をつかまれた。

「の、望美ちゃんは僕が守るんだ」

「でも譲くん、泣き虫だから」

「泣き虫じゃない! もう泣かない!」

そう言いながら、まだ涙ぐんでいる。

私はにっこりと笑って

「ほんと? 譲くん、助けてくれる?」

と尋ねた。

パアッと光が射すように、譲くんの顔が輝く。

「うん! 僕がいつでも望美ちゃんを守るよ」

「約束だよ」

「うん! 約束する」




(…なんだ…守ってくれって言ったのは私なんじゃない…)

2人の姿が消えていくのを眺めながら思った。

遠い日の忘れかけていた出来事。

でも、譲くんはあの約束をずっと守ってくれた。

(ごめんね。あんなこと言っちゃって)

傷ついていた譲くん。

いつもいつもかばってくれた譲くん。

それはこの世界に来るずっと前から。

私が当たり前のことだと思ってしまうくらい昔から。




「…嫌だ…」

(……あれ? 譲くん、まだ泣いてる?)

「嫌だ、あなたを失うなんて、嫌だ」

(だめだよ、泣いちゃ)

「…俺は、あなたなしで生きてなんか行けない…!」

(そんなこと言わないで…)

頬に熱さを感じた。

落ちてくる涙の熱さ。

ああ、まだ譲くんは泣いている。

ちゃんと慰めなきゃ。

頭を撫でてあげなきゃ。

暗闇に引き戻そうとする力に抗って、必死で光を目指す。





 
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