甘い誘惑 ( 2 / 2 )
「……俺は甘味は……」
「カリガネが甘さ控えめで作ってくれたんです。きっと大丈夫ですよ!」
悪気ゼロの笑顔がきらめく。
甘い菓子など、いったいどのくらいぶりだろう。
千尋が菓子の表面を光で彩るのを見ながら、忍人はしみじみと思った。
やがて、残念なことに風早と柊が部屋に乱入し、切り分けられた菓子と豆茶が自分の前に置かれた。
すぐに乾杯が行われ、千尋と兄弟子たちはうれしそうに菓子を頬張る。
その様子を、微かに微笑みながら眺めていると、千尋の青い瞳が哀しそうにこちらを見た。
「忍人さん……? ひと口だけでも……駄目ですか?」
そうだった。
この菓子は、千尋が激務の合間を縫って手配したもの。
ましてや今の忍人が、この眼差しに勝てるわけがない。
ようやく覚悟を決めると、口を開いた。
「いや……。あまりに久しぶりなので、手を出しかねていただけだ」
「本当に? じゃあ、あーんしてくださ……」
こちらに菓子を差し出そうとする手首をパシッと握って下げさせる。
「……悪いが、自分で食べる」
「あ、はい」
くすくすと風早と柊が笑っているのが気に障った。
「千尋」
風早が千尋を手招きする。
彼女がそばに寄ると、何事か耳元にささやいた。
「え?」という顔で、千尋がこちらを見る。
(……まったく、何を吹き込んでいるのやら)
一つため息をつくと、忍人はようやく菓子を口に運んだ。
鼻腔をくすぐる香ばしい香り。
これまで経験したことがないほど柔らかく、しっとりとした感触。
口中に広がる豊かな甘味。
約10年の時を隔てても変わることなく、甘いものは身体と心を潤してくれる。
異様な静けさにはっと顔を上げると、千尋と兄弟子二人が頬を染めて忍人を凝視していた。
「? なんだ?」
「……忍人さん……」
千尋の目が潤み出す。
「千尋……?」
「か、か、」
ガバッと抱きついてきて叫んだ。
「かわいい~~~っ!!!!」
「!!???!???」
「ああ……」
柊が頭を振る。
「まさかあのころと同じ笑顔が見られるとは思いませんでしたよ」
感慨深げなコメント。
「そうだね。相変わらず強力だよ。
兄弟子全員を虜にしたエンジェルスマイル……」
風早も、うっとりしたようにつぶやいた。
「ち、千尋! 君は何を考えている!?」
しっかり抱きつかれたままの忍人は、焦って言った。
「だってすごく素敵な笑顔だったんですもん!
っていうより、私、あんな風に笑ってもらったことありません!
ずるい~! 私、ケーキ以下ですか?!」
「言ってる意味がわからん」
「もう~~! 甘いもの好きなら好きって言ってください~!!」
見かねた柊と風早が引き剥がすまで、千尋の甘い甘い抗議は続いた。
結局、最愛の女性の願いで、忍人はこの日限りで辛党の看板を下ろすことになる。
ただし
「甘いもの食べるのは私の前だけにしてくださいね!」
という厳しい制限付きで。
大騒ぎの中、忍人の誕生パーティーは幕を閉じたのだった。
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