約束の日 ( 1 / 6 )
「もう街に出かけるなど、無謀だぞ、望美」
九郎さんが呆れたように言った。
「確かに心配ですね。せめて牛車か輿で出かけたほうがいいのでは?」
これは弁慶さん。
「ま〜、譲くんが付いているんだからさ〜、いざとなったら助けを呼ぶなり、背負って帰るなり何とでもなるよね?」
景時さんが一生懸命取りなしてくれる。
京邸に帰り着いて4日目。
ずっと譲くんと二人きりで過ごしていた私は、ようやく八葉のみんなと再会を果たした。
朔の心づくしの手料理を前に、懐かしい顔を見ながら、時に涙ぐむ私を譲くんがそっといたわってくれる。
「神子姫様がどうしても二人だけで出掛けたいって言うなら、オレも野暮は言わないけどね」
熊野から駆けつけたヒノエくんが、ちょっと皮肉っぽく言った。
「ヒノエ、そんな言い方……」
「ごめんね、ヒノエくん。でも、私ずっと……あの空間で過ごしている間ずっと、それだけを願っていたの。だから、明日は私の夢を叶えさせて」
まっすぐ目を見て言うと、ヒノエくんはちょっと哀しそうな顔をして笑った。
「……まったく、望美にはかなわないね」
「先輩……」
ヒノエくんを止めようとしていた譲くんまで、一緒に黙ってしまった。
「神子、身体はもういいのだろうか。どこか辛いところは?」
場を救うように、敦盛さんが言葉をかける。
「はい、おかげさまで大丈夫です。寝てばっかりいたから、立ち上がるとまだフラフラしますけど」
「だからそんな身体で……!」
九郎さんが口を開くと、
「九郎、神子は徐々に身体を慣らそうとしているのだ。見守ってやりなさい」
と、静かにリズ先生が言った。
「……はい、先生」
「神子、九郎が言うように、無理をしてはいけない。明日の外出ではあまり遠くに行かないよう気をつけなさい」
深く低い声がたまらなく懐かしい。
「はい、先生。……私、信用ありませんね」
「当たり前だ。お前は放っておくと、とんでもない無茶をするからな」
九郎さんがそう言うなり黙り込んだ。
全員が再び沈黙する。
半年という時間。
その間、消えた私を探してくれたのは譲くんだけではない。
私はあのとき、自分の身を捧げてみんなを救ったと思ったけれど、同時にこんなにもみんなの心を傷つけていたのだと……あらためて感じた。
去られる者の辛さ、去る者の傲慢。
「……ごめんなさい」
「ば、馬鹿、謝るやつがいるか! 俺はただ……」
「みんな、自分の不甲斐無さが許せなかったんですよ。君にすべて背負わせて、目の前で君を失うことになって……」
弁慶さんが静かに言葉を引き継いだ。
「……戦いに巻き込んでおいて、守ると誓っておいて、何もできなかった。君を元の世界に返すという約束も果たせなかった。その償いをどうすればいいのかと……」
「私、帰ってきましたよ。今、みんなの前にいます。だからもう…」
精一杯笑ってみせる。
「欲しいものなんてありません。ここにいられて、本当に幸せです」
みんなが息を飲んだ気がした。
「……先輩」
譲くんが絹布を差し出す。
「え?」
「涙が……」
「……!……」
知らない間に、涙がこぼれていたらしい。
自分で頬に触れてみて驚いた。
「あ、ありがとう。でも、うれしくて泣いてるんだからね」
「わかってます」
この4日間、何度も繰り返された会話。
「わかっている」と言いながら、譲くんはいつも抱きしめて、髪を撫でてくれた。
さすがに今日は、微笑んでくれただけだったけれど。
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