火傷 ( 1 / 3 )

 

「いたたたた」

我慢しようと思っていても、つい声が出てしまう。

「先輩、本当にすみません」

痛がっている私よりよっぽど辛そうな声がそれに応える。

さっきからこの繰り返し。

譲君がまたそっと、手桶の中に冷たい水を注いだ。


* * *


ことのおこりは夕方の廚。

「どうしても手伝いたい」

と言いはった私が、手を滑らせて右手に熱湯を浴びてしまったのだ。

もちろん譲君には100パーセント非がない。

が、彼は「手伝うのを許可した」ことにものすごい罪悪感を感じたらしく、つきっきりで看病してくれている。



火傷した当初は「熱い!」という感覚だけだったのに、すぐにジンジンヒリヒリと鋭い痛みが始まった。

これがもう、予想以上に痛い。

最初は譲君が井戸端で水を汲んでかけてくれていたが、1時間たっても2時間たっても痛みが治まらないので、さすがに二人とも疲れてしまった。



手桶に水を汲み、体温で温まってしまったら替えるという原始的な方法を採用することにして、廚に戻った。

この間、手は当然手桶に突っ込んだまま。

「ははは。ほんと、かっこわるいよね」

私が苦笑いすると、譲君は真剣な顔で

「格好の問題じゃありません。とにかく痛みが治まるまで、絶対に出さないでください。水ぶくれは感染症の原因になるし、治りも遅くなりますから」

と、諭した。



本当に、彼はいろんなことに詳しい。

私たちがいた元の世界ですら、火傷の治療は流水で冷やすことが一番らしい。

それを信じて、私はひたすら同じポーズを続ける。



そのとき。

ぐーっ。

思い切りお腹が鳴った。

そういえば、夕餉の用意をしているときに怪我をしたのだから、当然何も食べていない。

ぐーっ。

今度鳴ったのは譲君のお腹。

私たちは顔を見合わせて、笑ってしまった。



「お腹が鳴るってことは、少しは気持ちが落ち着いたのかな」

言いながら、譲君が立ち上がった。

土間に下りて釜の蓋を開け、中を覗く。

「ご飯は冷めてしまったから……おにぎりには向かないな」

ひと気のない廚を見渡して、私はふと気づいた。

「そういえば、みんなの夕餉の支度はどうなったの?」

「朔が引き受けてくれました。もうとっくに後片付けも済んだみたいですね」

「そっか…」



いったい私たちはどのくらいの時間、井戸端にいたのだろう。

誰かが様子を見にきたのかもしれないが、それにも気づかないくらい痛みに気をとられていた。



「おじやにしましょうか」

「へ?」

突然聞かれて、私は間抜けな返事を返す。

「何品もあったら、食べるの大変でしょう? 栄養のあるものを全部おじやにいれますから、今夜は一品だけってことで」

ぐーっ!

返事をする前に、お腹がまた大きく鳴った。



「じゃあ、先輩も賛成のようだし」と、笑いをこらえながら、譲君は竃に火をおこし始めた。

この正直な胃め!! 恥ずかしいじゃないか!!

トントンとリズミカルに野菜が刻まれる。

グツグツと鍋が煮立ってくる。

手際よく調理が進むのを見ながら、

(これがあんまり見事だから、自分でもやりたくなったんだよなあ)

と、先ほどの出来心を後悔していた。