Who are you? ( ２ / ２ )

「今日もクラブだよね」

屋上からの階段を下りながら、望美が尋ねる。

「そう。帰りはいつも送れなくてごめん」

「そんなの！　譲くんの弓は私をいつも守ってくれたじゃない。
とっても大切なものだよ。練習頑張ってね」

満面の笑顔でそう言うと、譲がわずかに眉間に皺を寄せた。

「……い……？　……」

「え？」

いきなり、こめかみに手を当ててしゃがみこむ。

ひどい頭痛がするようで、顔色が真っ青だった。

「譲くんっ？！」

「……ぱ……い」

苦しい息の下で、譲がつぶやいている。

「何？！　どうしたの？！」

「……先……輩……」

そのまま、床にくずおれてしまった。



＊　＊　＊



「……譲くん」

遠くで、涙声が聞こえる。

片手の暖かさに、それが握られているのだと気づく。

頑張って、意識を暗闇から引き戻す。

徐々に周囲が明るくなってきて、瞼がようやく開いた。

「譲くん！」

涙をいっぱいためた望美の顔が視界に飛び込んでくる。

「……先…輩」

ギュッと手が握られる。

「まだ頭は痛い？　気持ち悪いとか、寒いとか、どう？」

「……俺……？」

「昼休みに階段で倒れたの。ここは保健室だよ」




見回せば確かに校内の保健室で、譲はカーテンで仕切られた奥のベッドに寝かされていた。

望美ひとりが横に付き添っている。

ぼんやりと焦点の合わない目をしていた譲が、急に赤面する。

「譲くん……？」

「せ、先輩、俺……！！」

ガバッと起き上がって、両手で望美の手を握る。

「すみませんでしたっ！！」

全力で頭を下げられて、望美はびっくりした。




「ど、どうしたの？」

譲が耳まで赤くなって、しどろもどろで説明を始める。

「俺、今朝ものすごい頭痛がして、次に目が覚めた時には……」

「うん」

「コントロールが利かなくなってたんです。いろいろと……」

「………ああ！」

今朝からの出来事が頭の中を駆け巡る。

「そうだったんだ！　何か変だと思った」

望美は「やっとわかった」というように答えた。

「いろいろと失礼なことして……」

ギューンと譲の顔が赤みを増す。




「だ、大丈夫だよ。ちょっと男っぽかったけど、譲くんは譲くんだったし、
その……電車の中のさえなければ、私、全然……」

「ああっ！！」

譲が悲鳴のような声を上げてベッドに倒れ込んだ。

「お、俺、なんてことを……！！　本当にすみませんでしたっ！！！」

苦悶のあまり転がり出しそうな譲を望美は懸命になだめる。

「だ、大丈夫、ほかの人には見えなかったし、私も驚いただけだから」

「で、でも……」

ほとんど涙目の譲を見て、望美は聞いてみたくなった。

「……あの……でも、どうして？　その、あんなときに？」

譲がぐっと詰まって目をそらす。

やがて、覚悟したように口を開いた。

「真っ赤になりながら俺のことを一生懸命見ている先輩があんまりかわいくて……」

「ゆ、譲くん……」




しばらく２人とも無言で赤くなっていた。

思い切って、望美が口を開く。

「……ゆ……譲くん、もし、いつも遠慮して、いろいろ私に言えないんなら……」

思い当たることが多過ぎて、声が小さくなった。

「大丈夫だからね。私、鈍いし、言われないとわからないことたくさんあるから、
何言われても平気だから、どんどん言ってね」

「俺は別に遠慮なんて」

譲が真剣な声で言い返した。

「でも、心に浮かぶことをいちいち全部口に出してたら、先輩、困るでしょう？
俺の心の声なんて九割方……」

「……九割方？」

突然黙った譲のほうを、望美は見た。

「……きゅ……九割方、……先輩はかわいいとか、きれいだとか、
もっとそばにいたいとか、そ、そんなことばっかりですから……」

「……！」




再び沈黙。

赤い顔を下に向けたまま、望美は譲の手を取る。

「……？　先輩……？」

「………譲くん……でも、……私、すごくうれしかったよ……」

譲の手を両手で握ってから顔を上げた。

「……いつも、私のこととっても心配してくれて、気遣ってくれて……
心の中をそのまま見せても、譲くんは本当に私のこと考えていてくれるんだってわかって
……うれしかった」

うっすらと頬を上気させながら、譲が答える。

「……そんなの……当たり前じゃないですか。俺は……」

望美の肩を優しく引き寄せると、耳元に囁いた。

「誰よりもあなたが大切で、誰よりも好きなんです。あなたのことしか考えられない」

「……譲くん」

さらに赤くなった望美の頬を、そっと掌で包む。

「……俺の……そばにいてください……」

「……うん」

ふたりの影は、その後長い時間離れなかった。



＊　＊　＊



翌朝。

すっかり快復した譲は、いつものように春日家の玄関で望美を待っていた。

軽やかな足音が響いて、昨日より五分も早く望美が飛び出してくる。

「おはよう、譲くん！　今日は私、合格？」

「はい。余裕で間に合いますよ、先輩」

途端に望美の眉が吊り上がる。

「だから！　どうして『先輩』なの？！」

「……え？」

腰に手を当て、全面対決の姿勢。

「私は、譲くんの何？　ただの先輩？」

「……え……？　いえ……」

たじたじと譲が答える。

「じゃあ、ちゃんと名前を呼んで。じゃないと返事しないよ」

「せ……！　っ！　じゃない、の、望美さん」

望美が満面の笑顔を浮かべる。

「何？」




「……。今朝、頭痛がしませんでしたか？」

「したした、すごい痛かった。風邪かなあ」

元気に歩きながら、望美がはきはきと答える。

もちろん、譲の手をしっかりと握って。

「……そう……ですか……」

これから何が起こるのだろう……と、譲は、楽しみなような不安なような気持ちを抱えながら、駅へと歩を進めるのだった。